疾患別解説
バセドウ病の東洋医学解説
我々鍼灸師がどのような考え方をするのかを以下に解説致します。
~バセドウ氏病(癭病)~
癭病は、頚前部の咽頭隆起の両側から
腫大することが基本的な特徴であり
女性に多く発症する。
本病の主要な症状として頚前部に塊ができ
唾を飲み込むと一緒に上下に動く。
初期症状ではサクランボか指先くらいの大きさであり
一般に成長する速度は遅い。
大きさも一定ではなく、大きなものは袋状で
触っても軟らかく、表面は滑らかである。
しかし時間が経過するに連れて、硬くなり隆起した瘤に触れるようになる。
また、頚前部の腫大や微熱・イライラする・発汗しやすい
不眠・食欲亢進・眼球突出・脈弦数などの症状を
伴うことから現代医学のバセドウ氏病と類似している。
また、東洋医学では癭・癭気・癭嚢・影袋とも呼ばれることもある。
【弁証論治】
①気鬱痰阻
〈症候分析〉
気機が鬱滞し、痰濁が頚部に壅阻したため
頚前部中央が膨らみ、軟らかく、痛みは伴わず
頚部が張っているように感じる。
情志が塞いで、肝気が鬱滞すると胸悶・ため息・
胸脇部の遊走痛が現れる・脈弦は肝鬱気滞を表す。
〈治法〉
理気舒鬱・化痰消癭
〈方薬〉
四海舒鬱丸加減:
本処方中の青木香・陳皮は疏肝理気に
昆布・海帯・海藻・海螵蛸・海蛤殻は化痰軟堅・消癭散結に働く。
胸悶・脇痛のみられる者は柴胡・鬱金・香附子を用いて理気解鬱をはかる。
咽頚部がすっきりしないものは
桔梗・牛蒡子・木蝴蝶・射干を用いて利咽消腫をはかる。
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②痰結血瘀
〈症候分析〉
気機が鬱滞し、津液が凝結して痰になる。
痰と気が互いに妨げ合い時間が経過するに伴って
血の循環が悪くなり血脈が瘀滞する。
気・痰・瘀が頚前部に壅結し比較的硬い癭腫が、
あるいは結節ができ時間が経過してもなかなか消えない。
気鬱痰阻によって、脾の健運作用に異常をきたし
胸悶・食欲不振を生じ、舌苔薄白もしくは白膩脈弦もしくは渋となる。
これらは体内に痰湿および気滞血瘀があることを表す。
〈治法〉理気活血・化痰消癭
〈方薬〉
海藻玉湯加減:
本処方中の海藻・昆布・海帯は化痰軟硬・消癭散結に
陳皮・青皮・半夏・貝母・連趐・甘草は理気化痰散結に働く。
また、当帰・川芎は養血活血に働きあわせて
理気活血・化痰消癭の作用を現す。
結塊が硬いか、結節を有する場合は、
適宣、黄薬子・三稜・莪朮・露蜂房・山甲片・
丹参などを用いて活血軟硬・消癭散結作用を増強する。
胸悶して不快なときは、鬱金・香附子を加えて理気開鬱をはかる。
鬱が長引いて火を生じ、煩熱・舌紅・苔黄・脈数となった場合には、
夏枯草・牡丹皮・玄参を加えて清熱瀉火をあはかる。
食欲がなく、便が泥状である場合は
白朮・茯苓・淮山薬を加えて健脾益気をはかる。
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③肝火旺盛
〈症候分析〉
痰気が壅結および気鬱化火が本証の主な病機である。
痰気が頚前部に壅結するために癭腫が現れる。
鬱が長引くと火を生じ、肝火が旺盛になるため
煩熱・イライラして怒りっぽい顔のほてり・口苦などの症状がみられる。
火熱が津液に迫って外へ漏らすため汗が出る。
肝火が上炎すると体内の風陽が盛んになって眼球が突出したり、
手指が震えたりする。
舌紅・苔黄・脈弦は肝火が亢進していることを表す。
〈治法〉
清泄肝火
〈方薬〉
梔子清肝湯合藻薬散加減:
梔子清肝湯中の柴胡・芍薬は、疎肝血解鬱清熱作用をもつ。
茯苓・甘草・当帰・川芎は益脾養血活血に
山梔子・牡凡皮は清泄肝火に働く。
さらに牛蒡子を配合して、清熱利咽消腫をはかる。
藻薬散中の海藻・黄薬子には消癭散結作用があるほか
黄薬子には涼血降火の作用がある。
肝火亢旺によりイライラして怒りやすく
脈が弦数の者は、夏枯草・竜胆草を加えて清肝瀉火をはかる。
風陽内盛により手指振戦のみられる者は
石決明・鉱藤・白蒺藜・牡蛎を加えて平肝熄風をはかる。
さらに胃熱内盛で、いくら食べても満腹感がない者は
石膏・知母を加えて胃熱を清泄する。
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④心肝陰虚
痰気が頚前部で鬱結し、徐々に癭腫となる。
火が鬱すると陰を傷つけ、心陰虧虚により
心を養うことができなくなるため動悸が治まらず、
イライラして眠れない。肝陰虧虚のために筋脈を養うことができず
倦怠感や身体に力が入らないなどの症状が現れる。
肝は目を開窮するため、目を養うことができず、
目が乾燥して眩むこともある。
肝陰虧虚により虚風が体内で動き指手や舌体が振戦する。
舌質紅・脈弦細数は陰虚で熱があることを表す。
〈方薬〉
天王補心凡加減:
本処方中の生地黄・玄参・麦門冬・天門冬は
養陰清熱に働くほか人参・茯苓・五味小・当帰は益気生血に
凡参・酸棗仁・柏子仁遠志は養心安神に働く。
肝陰虧虚のために肝経が和せず脇部に隠痛がある者は、
一貫煎に枸杞子川楝子を加えて養肝疎肝をはかる。
虚風が体内で動くことにより生じる手指や舌体の振戦には、
鉱藤・白蒺藜・白芍を用いて平肝熄風をはかる。
脾胃の運化が失調したことにより
泥状便や便の回数の増加がみられる者は
白朮・薏苡仁・淮山薬・麦芽を用いて健運脾胃をはかる。
腎陰虧虚による、耳鳴り、腰膝のだるさがあるものは、
亀板・桑寄生・牛膝・兎絲子を用いて滋補腎陰をはかる。
病気が長引いて正気を消耗し精血不足を生じて痩せ衰え、
身体に力が入らず、 女子では過少月経あるいは月経の停止、
男子ではインポテツがみられる者は
黄耆・山茱萸・熟地黄・枸杞子・製首鳥などを加えて
補益正気・滋養精血をはかる。
《解説》
長期にわたってイライラしたり、気が塞ぎ込んだり
怒ったり、悩み事や考え事があったりすると
気機が鬱滞し、肝気が暢やかさを失う。
気機が鬱滞すると津液が凝集して痰を形成し、
気滞痰凝により頚前部に壅結を生じ、癭病となる。
他にも飲食の不適応により、
脾胃の働きに影響が及び脾が健運の作用を失うことで、
水湿を運化できなくなり痰が形成されます。
痰結血瘀は気鬱痰阻が発展したもので
痰気が長期間にわたって停滞して凝結すると血行が瘀帯する。
その結果、癭腫がかたくなったり結節を生じたりする。
以上からわかるように、気滞・痰凝・瘀血が頚前部に
壅結することが癭病の基本的な病理であり
時間が経過するに従って気・痰・瘀の三者が合わさった疾患となる。
女性が癭病を患いやすい要因として
月経・妊娠・出産・授乳などの
生理的特徴は肝経の気血と密接な関係があり、
さらに、情志や飲食などの発病因子があると、
気鬱痰結・気滞血瘀・肝鬱化火などの病理変化を
引き起こしやすいからである。
もともと陰虚の体質の人が痰気鬱滞を起こすと容易に
火を生じ陰をさらに傷つけることになるため、
疾患は長期にわたる。
癭病は、初期には実が多いが、
時間が経過するにつれて虚に変化し
特に陰虚・気虚が中心になり、
虚実夾雑証が現れる。
[記事:木村]
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