不眠症の東洋医学解説
不眠は、
不寐(フビ)、不得眠(フトクミン)、不得臥(フトクガ)、目不瞑(モクフメイ)、
または失眠(シツミン)などとも呼ばれる。
【営衛との関わり】
睡眠の機序については、
営衛(エイエ・営は主に内に充満して栄養作用を有し、
衛は主に外を守る防衛作用を有する。)の運行が鍵となる。
それらの運行が順調だと 血気が盛んとなり、
肌肉が滑らかになり、気道が通じ、よく熟睡出来る。
特に衛気の運行は、
一日の内に陽経(ヨウケイ・経とは気血が通る道路)と
陰経(インケイ)を25周ずつ計50周するとされる。
日中は衛気が陽をめぐるので、精力が充実し活動力が強くなり、
夜間は陰をめぐるために睡眠に入る状態となる。
衛気が睡眠と関わることについて、
『黄帝内経霊枢』(コウテイダイケイ レイスウ)に以下の記載がある。
“衛気不得入於陰、常留於陽。
留於陽則陽気満、陽気満則陽蹻盛、
不得入於陰、則陰気虚、故目不瞑矣。”
訳:
衛気が陰に入れないと、常に陽に留まる。
陽に留まっていると、陽気が充満する。
陽気が満ちれば陽蹻脈が偏盛する。
また、衛気が陰に入れないので、陰気は虚し、
そのために安眠できなくなる
(黄帝内経霊枢 大惑論より)
“夫衛気者、昼日常行於陽、
夜行於陰、故陽気尽則臥、陰気尽則寤。”
訳:
衛気は、昼は常に陽をめぐり、夜は陰をめぐっている。
それゆえ陽気が尽きれば眠り、陰気が尽きれば目がさめる。
(黄帝内経霊枢 大惑論より)
【神との関わり】
また、不眠の原因として、
意識や情緒などの精神面の影響が考えられる。
意識、思惟(シイ・考えること、思考)、精神、情緒などは、
五臓の生理活動と密接に関係し、
五臓の機能が失調することで精神面に影響を与えることがあり、
また逆に精神的な負担や変化から五臓の生理機能に影響することがある。
このことから、相互的に影響し合う関係にあるといえる。
五蔵が蔵しているものとして以下のものがある。
「心は神(シン・意味は後述する)を蔵す」
「肺は魄(ハク・先天的な感覚、運動のような本能)を蔵す」
「肝は魂(コン・神気に従って往来する精神活動の一つ)を蔵す」
「脾は意(イ・心の中に思うこと、またはあれこれものごとを考える)を蔵す」
「腎は志(シ・思い巡らしたことを決定実行する)を蔵す」
この中でも、
心が蔵している「神」に注目したい。
「神」とは、
広義と狭義の二通りの意味があり、
広義の「神」とは、
人体の形象および顔色・眼光・言語の応答・身体の動きの状態など
いわゆる生命活動の全般的な状態を指している。
一方、狭義の「神」とは、
精神・意識・思惟(シイ・考えること、思考)活動を指している。
「神」と不眠の関係を古典の中に探ると、
“盖寐本乎阴,神其主也,神安则寐,神不安则不寐”
訳:
けだし寝は陰に本づき、神はその主なり、
神安んじればすなわち寝り、神安んぜざればすなわち寝れず。
(景岳全書(ケイガクゼンショ) 雑証謨 不寝 より)
とある。
本来「神」は、血により養分を得ることで、
精神を安定させることが出来るが、
七情(シチジョウ・喜、怒、憂、思、悲、恐、驚という
7種類の情志活動)の乱れといわれる
精神的な負担が心血を消耗させることで、
「心不蔵神」(シンフゾウシン)となる。
他にも、
暴飲暴食により
胃の気(イノキ・脾と共に水穀の精微を消化、吸収する力)を損傷したり、
胆気(タンキ・表裏関係にある肝の気とともに、精神活動に関与する。
胆は決断を主る)が乱れることでイライラする、
思慮(シリョ・注意深く心を動かして考えること)が
すぎることで脾を損傷することなどが
不眠の原因になると考えられる。
詳細は以下へ続く。
以下に具体的な病因(病の原因)と病機(症状が現れる機序)を挙げていく。
実証
・肝胆鬱熱(カンタンウツネツ)
実熱証である。
七情(シチジョウ・喜、怒、憂、思、悲、恐、驚という7種類の情志活動)の過度により
肝の疏泄(ソセツ・川の流れがさらさらと滞りなく流れているような状態。
主に昇降出入という気の運動を滞りなく巡らすことで、
気血を調和し、経絡を通し、臓腑や器官を正常に活動させる動きを指す。)
が失調し、
肝鬱(カンウツ・気の流れを伸びやかにして
調和させる肝気の流れが失調した状態)が続くことで
化火(カカ・外邪や瘀血、気滞などが
一定期間留まり続けることで詰まって熱がこもった状態)する。
また、大酒や過食などの飲食不節により湿熱が生じ、
それらが肝胆に鬱滞して化火し、
火熱が神明(シンメイ・精神、意識、思惟を指す)を
擾乱(ジョウラン・入り乱れて騒ぐこと。また秩序をかき乱すこと)して
心神不安をきたし発生する。
治法:清熱瀉火(セイネツシャカ・熱を冷まし火を瀉す)
安神(アンシン・神を安定させる)
・痰熱擾心(タンネツジョウシン)
もともと痰濁(タンダク・人体の水液代謝障害により
形成される濁りと粘りを伴う物質)が旺盛だったり、
陰虚陽亢(インキョヨウコウ・身体の精、血、津液が損耗し、
陰が陽を制することができなくなって、興奮状態となって起こる)
の体質のものが七情の刺激を受けたことによって起きることが多い。
思い悩んで七情が抑鬱されたり、
憤懣(フンマン・いきどおってもだえること)・怒り・驚き・恐れなどの感情によって
気は鬱となって停滞し、
それが長引くと火に変わって津液を焼き、痰が発生する。
治法:清熱化痰(セイネツケタン・熱を冷まし痰を除去する)
安神(アンシン・神を安定させる)
・心火亢盛(シンカコウセイ)
情志の内傷や五志(ゴシ・喜、怒、憂、思、恐の五種類の情志)の太過により
心経の火熱が勢いを増し、
経に沿って炎上して起きる病変を指す。
また心熱が小腸に移動すれば、
清濁を泌別(ヒツベツ・分別すること)する機能が低下することで
小便が渋り排尿時の痛みや、尿が赤く濁るなどの症状が現れる。
さらに、心火が肝火を引き起こすことで、
心肝火旺(シンカンカオウ・心と肝の機能において同時に障害が現れたり、
あるいはそれらの機能が亢進状態となる)となり、
不眠以外にも易怒、動悸、焦燥、頭痛、目の充血などを呈する。
治法:清心安神(セイシンアンシン・心の熱を冷まし、神を安定させる)
虚証
・心脾両虚(シンピリョウキョ)
思慮過度・労倦(ロウケン 過労、精神的な負担、
不規則な生活などで体のだるさ、話すのが億劫になるといった状態)
または病気、手術や外傷、生理過多、出産、加齢などが原因で気血が不足し、
脾気虚のために気血の生化が不足して心血が補養できなくなり、心神不安となる。
治法:健脾益気(ケンピエッキ・脾気を健運し、気を補う)
養血安神(ヨウケツアンシン・血を補い、神を安定させる)
・心腎不交(シンジンフコウ)
心は腎を温め、腎は心を冷ます
この協調関係があることで、
心に熱がこもったり、腎が冷えすぎないように
常にバランスを保っている。
それらを水火既済、心腎交通という。
そのバランスが崩れると、心腎不交となり、
症状として不眠、動悸、健忘、めまい、耳鳴りなどがみられる。
治法:滋腎陰(ジジンイン・腎の陰分を潤す)
降心火(コウシンカ・上部の心火を下降させる)
交通心腎(コウツウシンジン・心陽を腎に下げて腎水を温め、
腎精が蒸騰され心に上がり心陰を潤わすことで、心腎を交通させる)
・心胆気虚(シンタンキキョ)
驚きや恐怖感のために胆気が損傷し、
「決断」を主る機能までが失われ、
余計に恐怖感が増幅し不眠が引き起こされる。
また心虚や肝気が虚弱することで
胆の気虚と結びつき
・びくびくする
・些細な事で驚く
・多夢
・恐怖感
・躊躇して決断ができない
といった症状が現れる。
治法:温胆益気(オンタンエッキ・胆気を温め、気を補う)
寧心(ネイシン・心を安定させる)
・胃気不和(イキフワ)
暴飲暴食などで胃の気が損傷したり、
元々の胃気が不足していることで
胃脘部(イカンブ・上腹部)に食滞(ショクタイ・胃脘部に飲食が停滞している状態)がおこる。
それらの食滞が胃の降下する作用を妨げ、
上逆することで不眠となる。
食滞の状態が長引き痰熱がこもることもある。
治法:和胃化滞(ワイケタイ・宿食を下降させて胃を和らげる)
●西洋医学における不眠
【不眠の症状とは】
入眠障害・中途覚醒・早朝覚醒・熟眠障害などの状態が一ヶ月以上続き、
その事から疲れが取れない、気分が悪い、集中できないといった症状が現れ、
昼間の生活や仕事に支障をきたす状態を指す。
・入眠障害:床についてもなかなか(30分~1時間以上)眠れない
・中途覚醒:
睡眠途中で何度も目が覚めてしまい、その後再び寝つくことが難しい
・早朝覚醒:
本来起床する時間より早く目が覚めてしまい、その後眠れなくなってしまう
・熟眠障害:
十分な睡眠時間をとったにも関わらず、眠りが浅く、ぐっすり眠った感じがしない
【原因】
・環境要因:周囲の騒音、暑さや寒さ、明るさなど
・生理的要因:時差ぼけや、交代制の勤務などで昼夜が逆転することなど
・身体的要因:病気や、それに伴う痛みなどの症状によって引き起こされる
・精神的要因:悩みや心配事、精神的なストレスなど
・生活習慣要因:過度の飲酒や喫煙、カフェインの過剰摂取、薬の副作用など
【患者数】
厚生労働省の関連HPサイトであるe-ヘルスネットによると、
『日本人を対象にした調査によれば、
5人に1人が「睡眠で休養が取れていない」、「何らかの不眠がある」』とあり、
また60歳以上の方で『約3人に1人』が睡眠に何かしらの問題を抱えている。
【治療方法】
主な治療法として、
・薬物療法
・非薬物療法
の二つが挙げられる。
・薬物療法
脳の働きを休ませて眠りへ導く
ベンゾジアゼピン系睡眠薬・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬。
脳内のメラトニン受容体に作用し
活動状態から休息状態へと切り替えることで眠りへ導くメラトニン受容体作動薬。
脳の覚醒に関与するオレキシンという脳内物質のオレキシン受容体への
結合をブロックすることで、過剰な覚醒状態を抑制する
オレキシン受容体拮抗薬などがある。
以前は、バルビツール酸系の睡眠薬が使用されていたが、
副作用が強く、現在この処方は推奨されていない。
・非薬物療法
不規則な生活習慣や、就寝前の飲食、嗜好品についての改善指導があり、
それでも効果がみられないようであれば、
高照度の光を照射することで、
ずれてしまった睡眠のリズムを正しいものに変える《高照度光療法》や、
認知行動療法のひとつである
就床時間と実際に身体が要求する睡眠時間との差を減少させることを
目的とした《睡眠制限療法》などの治療方法がある。
※厚生労働省の研究班によって、
睡眠障害を事前に防ぐための方法を12の指針としてまとめられたものが
《睡眠障害対処 12の指針》である。
主なものとして、
・同じ時刻に毎日起床
・眠くなってから床に就く、就床時刻にこだわりすぎない
・刺激物を避け、眠る前には自分なりのリラックス法
・規則正しい3度の食事、規則的な運動習慣
・睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと
・光の利用でよい睡眠
などがある。
(出典:厚生労働省HPより抜粋)
[記事:新川]
参考文献:
『中医弁証学』
『黄帝内経 素問』
『黄帝内経 霊枢』
『中医病因病機学』
『[標準]中医内科学』
『中医基本用語辞典』
『やさしい中医学入門』
『いかに弁証論治するか』 東洋学術出版社
『基礎中医学』
『症状による中医診断と治療』 燎原書店