◉東洋医学的解釈 東洋医学において胃食道逆流症という概念はないが
ここではその典型的な症状である
「呑酸(ドンサン)」と「嘈雑(ソウザツ)」について述べる。
・呑酸 (ドンサン)呑酸とは「酸を呑む」という言葉の通り
胃酸が喉もしくはその下部の付近に突き上げるような感覚があることを言う。
病因病理:
『諸病源候論(ショビョウゲンコウロン)・
嘔噦病諸侯(オウエツビョウショウコウ)』
"噫醋者、由上焦有停痰、脾胃有宿冷、故不能消穀。穀不消則脹満而気逆、所以好噫而呑酸、気息醋臭。"(噫醋(アイサク)は、上焦(ジョウショウ)に痰飲があり、
脾胃に宿冷があるために、飲食物を消化することができない。
飲食物を消化できなければ、腹部が張って気逆となる、
そのためにゲップや呑酸が起こり、
その時の息に酸っぱい臭いがするようになる。)
ここでは
脾胃(の弱りからくる)冷えと
上焦(ジョウショウ)で痰飲 (タンイン)が留まることが主な病因であると
述べられている。
正虚(セイキョ)として脾胃の弱りと冷えがあると考えられる。
また歴代の文献で位置の違いはあれど
痰飲が邪実(ジャジツ)として存在する。
治法:
『景岳全書 (ケイガクゼンショ)』
"凡此三者、其在上中二脘者、則无非脾胃虚寒、不能運化之病、治此者非温不可。"(三つの病位は、上脘(ジョウカン)・中脘(チュウカン)
においては脾胃の虚寒(キョカン)ではないものは無く、
運化ができない病であり、
これを治すには温法(オンポウ)を用いなければならない)
*上脘とは胃の上部をさし、中脘とは胃の中央部分をさす。経穴でいうと臍から上五寸に「上脘穴」、臍から上四寸に「中脘穴」が存在する。"此宜随証審察、若無熱証熱脈可拠、
而執言湿中生熱、無分強弱、惟用寒凉、
則未有不誤者矣。"(これ証に従ってくわしく診察してみると
熱証や熱の脈証がないものは湿が熱化したものである。
これにただ寒凉剤(カンリョウザイ)を用いると誤治(ゴチ)してしまうのだ。)
とあり妄りに清熱(セイネツ)をすることを強く戒めている。
治法:
脾胃を温め補う。妄りに
清熱(身体から熱を奪うような治療)をしてはならない。
・嘈雑(ソウザツ)上腹部の不快感のことで、「胸焼け」などもこの範疇に入る。病因病理:
『景岳全書 (ケイガクゼンショ)』
"大抵食已即飢、或雖食不飽者、火嘈也、宜兼清火。痰多気滞、似飢非飢,不喜食者,痰嘈也、宜兼化痰。酸水浸心而嘈者、戚戚膨膨、食少無味、此以脾気虚寒、水谷不化也、宜温胃健脾。"(大抵、食べ終わってすぐにお腹が空くのは、火嘈である。
清熱法を一緒に行うのが良い。
痰は気滞が多く、お腹が空いたようで空かない、
あまり食べたがらないのは、痰嘈である。
化痰法を一緒に行うのが良い。
酸っぱい液体が胸に込み上げてくるものは、食が細く味がしなくなる。
これは脾気の虛寒によって水穀を化せなくなったのである。
温胃健脾(オンケンピ)するのがよい。)
ここでは嘈雑を
火嘈(カソウ)と痰嘈(タンソウ)の二つに分類している。
火嘈には、食べても食べてもお腹が空くといった症状があり、
痰嘈には、お腹が空いたようなすかないような症状を伴う
また脾胃の虛寒キョカンがあることも指摘する。
『医碥(イヘン)・嘈雑』
“由肝火乗於脾胃、土虚不禁木揺、故煩擾不安。火盛則穀易消、食已則飢、得食則安、少頃又飢、又復嘈矣、此為火嘈、宜清火。若有痰飲停聚、似飢非飢、欲食而不能多食、脈滑、為痰嘈、宜化痰。・・・総以補土為主、六君子湯加減。久不癒者、養血、以火盛則血虧也。”(肝火(カンカ)が脾胃に乗じるために、
土が虚し木が揺れるのを制することができない。
そのためモンモンとして、こころが安まらない。
火が盛んであれば水穀を簡単に消化してしまい、
食事が終わるとすぐにお腹が空く、
食べれば落ち着くが少し経つとまたお腹が空き、また嘈となる。
これを火嘈であり、清熱するのが良い。
もし痰飲がとどまってあつまり、お腹が空いたようで空かず、
食欲はあるが多くを食べることができず、
脈が滑のものは痰嘈であり、化痰するのがよい。
・・・総じていえば土を補うことを主として、
六君子湯(リックンシトウ)の加減方を用いる。
なかなか治らないものは、養血(ヨウケツ)をおこなう。
火邪が盛んになると血虚(ケッキョ)をひきおこすからだ)
景岳全書の内容をさらに発展させ 嘈雑の原因として脾胃の弱りをあげる。
また火邪がある嘈雑の場合、
病が長引くと血虚(ケッキョ)を引き起こすことを注意している。
治法:
健脾和胃(ケンピワイ)(脾胃を健やかにして胃を調和させる)
症状に応じて
化痰(カタン)(余分な水分を出す)
もしくは
清熱(セイネツ)(身体から熱を奪う)
◉西洋医学的分類・胃食道逆流症とは何か
内視鏡で食道に炎症が認められる「逆流性食道炎」と
内視鏡では食道に炎症が認められないが胸焼けを感じる
「非びらん性胃食道逆流症」
の二つをまとめた概念です。
・胃食道逆流症の原因
現在、主に三つの要因があると考えられています。
1)腹部の圧力が上がることで起こる、
一過性の下部食道括約筋(カブショクドウカツヤクキン)の弛緩
2)下部食道括約筋の緊張低下
3)解剖学的な湾曲(食堂裂孔ヘルニアを含む)
・典型的な症状胸焼け・・・胸の部分に感じる灼熱感・もやもや感・
ムカつき・胃酸がのぼる感じを言う。
*胸痛になることもあります。
呑酸・・・喉や口に酸味や苦味を感じるものを言います。
食べ物を吐いた後の口や喉の感覚が近いでしょう。
・食道以外の症状
慢性的な咳や喘息・・・下部食道括約筋を弛緩させるような食べ物や薬
(脂っこいもの、アルコール、チョコレートなど)を食べた後に
症状が出ることがある。
また仰向けで増悪することがある。
逆流した胃酸が食道の隣にある気管に影響を与えたために
起こると考えられている。
他の疾患との鑑別が重要であるが、胃食道逆流症による咳は、
世界的には三大慢性咳嗽の一つに数えられるほど。
睡眠障害・・・原因ははっきりしないが、高頻度でみとめられます。
その他・・・虫歯や中耳炎など
・予後予後は比較的よいようですが、
経過が長びくと食道の粘膜が胃の粘膜へと置き換わり(バレット食道)
食道ガンのリスクが上がると考えられています。
・セルフケア「食事制限」
腹部の圧力を上げるような暴飲暴食、早食いは控える
また過度に胃酸を分泌してしまうような
高脂肪食、チョコレート、アルコール飲料、たばこなどは量を減らす
(ただし厳格に食事を制限した場合と、そうでない場合の差は、
今のところはっきりと分かっておりません)
また胸焼けがする食べ物は控えめにするなど個人個人に合わせた
緩やかな食事制限が推奨されています。「ダイエット」
肥満は腹圧を上げて胃食道逆流症の悪化要因となるため
ダイエットは効果的とされています。
「睡眠時の工夫」
噴門が機能しない夜の就寝時は症状が出やすいので、
上半身を高くして寝ることが勧められます。
横向きになるときは、左下の姿勢のほうが右下の姿勢より良いとされています。
[記事]盧
参考文献:
『諸病源候論』
『医碥』
『景岳全書』
『症状による中医診断と治療 上』燎原
『ジェネラリストのための内科外来マニュアル』医学書院
『Harrison's Principles of Internal Medicine 19th ed 』