鬱病の東洋医学解説
『霊枢』(レイスウ)本蔵篇
”人之血氣精神者 所以奉生而周于性命者也”
訳:人の血気精神とは、生に奉じ性命に周くするゆえんなり
これは気血津液が臓腑機能を維持するための
根本的な物質であることを説明したものである。
気血の調和を保つことは、
健康を維持するための基本であり、
これに反すればやがて疾病が構成される。
鬱証は
『古今醫統大全』(ココンイトウタイゼン)
卷之二十六 鬱証門にて
徐春甫(ジョシュンホ・明 1520年~1569年)著
”凡病之起,多由於鬱”
訳:凡そ病は、鬱によりておこること多し
といわれるように、精神的な要素による疾患が多く、
鬱証の発症は主に鬱怒・思慮(シリョ・注意深く心を働かせて考えること)・
悲哀・憂愁などの情志(感情の変動を指し、喜・怒・憂・思・悲・恐・驚を七情という)
の変調によって肝の疏泄(流れや通りをよくする働き)・
脾の運化・心の神志を主る作用が失調し
臓腑・気血・陰陽が失調して引き起こされる。
鬱証は多くの場合、実証(邪気の亢進した状態)に属する。
これは肝気鬱結(カンキウッケツ)
気鬱化火(キウツカカ)・痰気鬱結(タンキウッケツ)
などに引き起こされるからで
慢性化した鬱証では、病因が気から血に達し、
実証から虚証(正気 (セイキ・生命活動の動力) が不足し,
抵抗力が低下して,生理機能が減退している状態)に移る。
実証
・肝気鬱結(カンキウッケツ)
肝の疏泄(ソセツ・流れや通りをよくする働き)機能が
失調して起こる証候である。
長期に渉って気分が塞いだり、
突然強い精神的刺激をうけると起こりやすい。
また陰血(インケツ・血のこと。血は陰に属するので陰血と呼ばれる。)不足
のため肝が濡養されなくて起こることもある。
気機(キキ・気の機能活動のこと)の失調や
気鬱(キウツ)や気滞(キタイ)は情志に影響するので
悪循環を形成しやすいという特徴がある。
本証は気鬱・気滞がその特徴であり、
肝病の実証としてとらえることができる。
気鬱・気滞の起こっている部位の違いにより
さまざまな症状が現れる。
朱震亨(シュシンコウ・元 1281年~1358年)
別名:朱丹渓(シュタンケイ)
は鬱証を分類し『丹渓心法』(タンケイシンポウ)にて
”鬱者、結聚而不得發越也、
当昇者不得昇、当降者不得降、当変化者不得変化也。
此爲伝化失常、六鬱之病見矣”
訳:鬱とは、集まって散逸しないことである。
そして上昇すべきものが上昇できず、下降すべきものが下降できず
変化すべきものが変化しないということである。
これは転化異常であり、六鬱の病症である。
「六鬱学説」を提唱。
沈金鰲(シンキンゴウ・清 1717年~1776年頃)は
『雑病源流犀燭』(ザツビョウゲンリュウサイショク)
諸鬱源流篇(ショウツゲンリュウヘン)にて
”諸鬱,髒氣病也,其源本於思慮過深,
更兼髒氣弱,故六鬱之病生焉”
訳:あらゆる鬱は臓気の疾患をともなう。
その原因は考えすぎであるがそれに臟気の虚弱という
要素が加わって六鬱の病が発生したのである。
と提唱。以下続く。
①気鬱(キウツ)
気の循環障害がその基本病機で情志の変調により、
肝が条達(ジョウタツ・木の枝が分かれるように,四方に伸び通じていること)
を失い引き起こされる病証である。
肝は春の樹木のように伸び伸びと生長、
発散、疏泄できる状態を好み鬱した状態を嫌う。
憂うつ・怒り・ストレスなどの精神的な要素によって
肝の疏泄機能は失調し、肝気のめぐりが停滞し
肝気鬱結が生じる。
治法:
疎肝理気(ソカンリキ・肝気鬱結を解き、肝気を良く巡らし気を正常に巡らせ機能を回復する)
解鬱(カイウツ・鬱を解消する)
②熱欝(ネツウツ)
肝気は鬱結して長引くと気鬱化火(キウツカカ)→火に変化し、
肝火となって上昇して心火に影響が及ぶと心肝火旺(シンカンカオウ)の状態になり、
イライラする・口苦・喉の渇き
目の充血・耳鳴・便秘・舌赤・苔黄・脈弦数などの症状が現れる。
治法:
清熱解鬱(セイネツカイウツ・熱を冷まし鬱を解消する)
③血鬱(ケツウツ)
林珮琴(リンハイキン・清 1772年~1839年)著
『類証治裁』(ルイショウチザイ)にて
”類証内起之鬱、始而傷氣、繼必及血”
訳:七情によって鬱が起きると、
初めは気は損傷するが、やがて必ず血に波及する。
とあるように血にも影響してくる。
肝は蔵血(ゾウケツ・血を貯蔵し全身の血液循環を調節する)を主る臓腑であるので
肝機能の失調は血の運行に影響を与えやすい。
肝気が停滞して気滞を起こし、血を推動する力が弱まると
血が滞って血瘀(ケツオ・血液の運行が順調でないか、または血が滞って出現する病証)
の症状が現れる。
胸脇部の刺痛・固定痛・舌に瘀点(オテン・舌面に見られる大きさ・形状がさまざまな
青紫~紫黒色の斑点で舌面から隆起しないもので点状のもの)や
瘀斑(オハン・点状のものではなく斑状のもの)ができる症状などが現れる。
治法:
活血解鬱(カッケツカイウツ・血の流れを良くし鬱を解消する)
④痰鬱(タンウツ)⑤湿鬱(シツウツ)
肝木は脾土を克する関係にあるため、
肝気鬱結が脾胃の運化機能を低下させたり、
あるいは思慮が除かれず、過労によって脾を損なったりすると
脾の運化機能が失われ、湿が籠もって痰を生じるため
気滞痰鬱(キタイタンウツ)の停滞を招く。
この痰と気が合流して胸郭から上を塞げば
梅核気(バイカクキ・胸が息苦しく、咽に梅の種がつまっているかのような
異物感があり呑み込むことも吐き出すこともできない病証)が発生する。
治法:
利湿解鬱(リシツカイウツ・体内の余分な水分を排出させ鬱を解消する)
⑥食鬱(ショクウツ)
脾の運化失調に伴い飲食の運化ができなくなり
湿濁が停留する場合は食物の停滞が生じ痰湿化熱がみられる。
小食・腹腸・胸脘痞悶(キョウカンヒモン・胸がつかえもだえ苦しむ)
胃酸過多・曖気(アイキ・げっぷのこと)などの症状が現れる。
治法:
消食解鬱(ショウショクカイウツ・消化不良を改善し鬱を解消する)
虚証
鬱状態の長期化に伴って神を損傷し心脾両虚と陰虚火旺を引き起こす。
・心脾両虚(シンピリョウキョ)
気血の生成と血液の循環は
心と脾が協調して行っているため
思慮過度は心血を損傷し、同時に脾気の健運機能にも影響する。
飲食の不摂生や労倦により脾を損傷して気血の生化に影響し、
そのため水穀の精微(スイコクノセイビ・飲食物の栄養素)が
心に十分に輸送できなくなると、心気や心血が不足するようになる。
脾不統血により出血し、出血が多いと心血も不足するようになる。
本証は心と脾、気と血という両方面の複合証で虚証に属している。
心気・不眠・食欲不振・顔色不華・眩暈・健忘・多夢・
精神不安・精神疲労・無力感・大便不調・
月経の経量が不安定になる 等の症状が出る。
治法:
養心補脾(ヨウシンホヒ・心の機能を高め脾の機能を高める)
安神(アンジン・精神を安定させる)
・陰虚火旺(インキョカオウ)
陰虚(陰液や精血が不足した証候)のために陽を制御できなくなると
陽を相対的に亢進させ、それが進行すると陰虚火旺証となる。
陰虚火旺証は主として心・肺・肝・腎に現れる。
慢性の病として現れる場合が多く、
進行すると陰がいっそう虚して火がさらに旺盛になり、
それによって火がいっそう旺盛になると
さらに陰が損傷するという悪循環を形成し、
病状は日増しに悪化する。
腎陰(ジンイン・生体の各臓腑・組織器官を滋養・濡潤する作用がある)や
腎精(ジンセイ・精とも言い、腎中にある精気のこと。
父母から受け継いだ先天の精と五臓六腑が化生した後天の水穀の精微からなる。)が衰退すると、
ひどい場合は陰竭(インケツ・精血津液の突然の亡夫、枯渇)という危篤な状態が出現する。
治法:
滋陰清熱(ジインセイネツ・潤い、冷やす力、陰を補充し身体の内部の熱を冷ます)
養心安神(ヨウシンアンジン・心の機能を高め精神を安定させる)
西洋医学的見解
・うつ病とは?
「憂うつである」「気分が落ちこんでいる」など
表現される症状を抑うつ気分という。
抑うつ状態とは抑うつ気分が強い状態のこと
このうつ状態がある程度以上、重症である時、うつ病と呼ぶ。
・うつ病の分類
①身体因性うつ病
アルツハイマー型認知症のような脳の病気。
甲状腺機能低下症のような体の病気。
副腎皮質ステロイドなどの薬剤が
うつ状態の原因となっている場合をいう。
②内因性うつ病
典型的なうつ病であり、普通は抗うつ薬がよく効き
治療しなくても一定期間内でよくなると言われる。
躁状態がある場合は双極性障害と呼ぶ。
③心因性うつ病
性格や環境がうつ状態に強く関係している場合、
抑うつ神経症(神経症性抑うつ)と呼ばれることもあり
環境の影響が強い場合は反応性うつ病という言葉もある。
・患者数
1996年 43.3万人
1999年 44.1万人
2002年 71.1万人
2005年 92.4万人
2008年 104.1万人
(厚生労働省 調査)
・症状
①自覚的所見
憂うつ・気分が重い・気分が沈む・悲しい・不安である
イライラする・元気がない・集中力がない・好きな事もやりたくない
細かいことが気になる・悪いことをしたように感じて自分を責める
物事を悪い方へ考える・死にたくなる・眠れない
②他覚的初見
表情が暗い・涙もろい・反応が遅い・落ち着かない・飲酒量が増える
③身体的所見
食欲がない・体がだるい・疲れやすい・性欲がない
頭痛・肩凝り・動悸・胃の不快感・便秘がち・めまい・口が渇く
・治療法
身体疾患や薬剤がうつ状態の原因であったり、
うつ状態に影響を与えていたりしないか検討する。
もし可能性があれば、身体疾患の治療や薬剤の中止
あるいは変更を考慮する。
この場合も、うつ状態が重症であれば抗うつ薬療法を併用する。
身体疾患や薬剤が関係していない場合は、抗うつ薬療法を考える。
ただし、うつ病が軽症である場合は、
抗うつ薬がそれほど有効でないとする報告もあるので、
抗うつ薬は期待される有効性と副作用を慎重に検討する必要があり。
また、躁うつ病のうつ状態では原則として
抗うつ薬を用いず、気分安定薬に分類される薬剤を処方する。
環境のストレスが大きい場合は
調整可能かどうかを検討し対応する。
過去にいろいろな場面でうまく適応できず、
うつ状態になっているような人で、
性格面で検討すべき問題がある場合は、
精神療法として一緒に考えていく必要がある。
(出典:厚生労働省H.Pより抜粋)
[記事:為沢]
参考文献:
『中医弁証学』
『黄帝内経 霊枢』
『中医病因病機学』
『中国医学の歴史』
『[標準]中医内科学』
『中国鍼灸各家学説』
『中医基本用語辞典』
『やさしい中医学入門』
『中医伝統流派の系譜』
『いかに弁証論治するか』 東洋学術出版社
『格致餘論注釈』 医聖社
『基礎中医学』
『症状による中医診断と治療』 燎原書店
『中医臨床のための舌診と脈診』 神戸中医学研究