<西洋医学における白内障の説明>
白内障は、俗に「しろそこひ(白底翳)」と呼ばれ、
「水晶体」と呼ばれる目の組織がさまざまな原因で混濁(こんだく)し、
光の通過が遮(さえぎ)られ、視力が低下する疾患である。
水晶体上皮細胞の増殖やタンパク質の貯留等によって混濁する。
水晶体は、目の中でカメラのレンズのような働きをする組織で、
外からの光を集めてピントを合わせる働きをする。
通常は透明な組織であるが、
混濁すると集めた光がうまく眼底(がんてい)に届かなくなり
次のような症状が現れる。
<症状>
・視界が全体的にかすんで霧の中にいるように見える。
・物が二重に見える。
・まぶしく感じる。
・視力が低下する。
(1)原因
加齢によるものが最も多く、加齢性白内障という。
次のように、原因によって白内障の種類が分類される。
<原因と種類>
・加齢によるもの →加齢性白内障
・アトピー性皮膚炎、糖尿病など →全身疾患に合併する白内障
・母体の風疹など →先天性白内障
・目のけがなど →外傷性白内障
・ぶどう膜炎など →併発白内障
その他、放射線やステロイド剤も発症の原因になるとされている。
(2)治療
①点眼薬・内服
水晶体の混濁を元に戻し透明化する薬物は無いとされており、
混濁の進行を遅らせる目的で、抗酸化剤の点眼薬や内服薬が用いられる。
②手術
白内障手術では、混濁した水晶体を除去し、レンズ機能を補うものとして
人工の眼内レンズを挿入する手術が一般的である。
参考:
『医学大事典』 南山堂
『好きになる病理学』 講談社
『解剖学 第2版』
『臨床医学各論 第2版』 医歯薬出版株式会社
日本眼科学会HP:
http://www.nichigan.or.jp/public/disease/suisho_hakunai.jsp
参天製薬HP:
http://www.santen.co.jp/ja/healthcare/eye/library/cataract/
<東洋医学における白内障の説明>白内障は「内障(ないしょう)」と称され、
中国の明(みん)の時代の書物『医学綱目(いがくこうもく)』において、
すでにそのように記されていた。
現代の中医学において、
白内障は
「五臓のうちの肝腎(かんじん)の精(せい)が不足し、上行して目を潤すことができなくなるためにおこる」とされている。
治療には
「滋補肝腎法(じほかんじんほう)」という考え方(治法)を用い、
その方剤には
「杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)」を用いるとされている。
以下、この内容について詳細を説明していく。
まずはじめに
「五蔵」について説明する。
「五臓」とは、体内で
「精気を貯蔵する」働きがあるとされる実質器官で、
飲食物などから得た栄養物質
(身体を動かしたりするための、もととなるエネルギー)を貯蔵するものである。
この五臓のうちの
「肝」に溜め込んだ精気が、
目の働き、すなわち視力を維持していると考える。
(1)五臓の
「肝」の働きについて
(ポイントその①=
「肝」は視力と関係する)
参考までに、
中国の漢の時代に書かれたとされ、
現存する最古の医書とされている
『黄帝内経(こうていだいけい)』の内容を参照する。
『黄帝内経 素問(そもん)』
金匱真言論(きんきしんげんろん)篇(第4)より
東方青色、入通於肝、開竅於目、藏精於肝。(
東方は青色、入りて肝に通じ、竅(きょう)を目に開き、精を肝に蔵す。)
→「
東方の青色の気は、五臓の肝に通じてその働きは目に発し、
溜め込むべきエネルギーは肝へ蓄える。」『黄帝内経 霊枢(れいすう)』
脈度篇(第17)より
肝氣通于目、肝和則目能辨五色矣。(
肝気は目に通じて、肝和せばすなわちよく五色を弁ず。)
→
「肝の働きは目に通じるため、肝の調子が良ければ、 五色すなわちあらゆる色を見分けることができるのである。」これらより、
「肝」に精気(溜め込んだエネルギー)が蓄えられ、「肝」が機能していれば、目の働きは正常となり、視力が維持される。(2)五臓の「
腎」の働きについて
(ポイントその②=「腎」の弱りは身体全体の弱りにつながり、
ひいては視力の低下にも関係する)
「精気」はそれぞれの臓に貯蔵される。
その中の「肝」に貯蔵された精気が視力を維持するが、
貯蔵された各臓の「精気」を
さらに溜め込んでおくという働きをするのが「腎」である。
腎についての参考となる記述を以下にまとめる。
参考『黄帝内経 素問』
上古天真論(じょうこてんしんろん)篇(第1)より
腎者主水、受五臓六腑之精而蔵之。(
腎なる者、水を主り、五臓六腑の精を受けてこれを蔵す。)
→
「腎は体内の水の循環を主り、 五臓六腑からの精を受け止めて貯蔵するのである。」『黄帝内経 霊枢』
本神(ほんじん)篇(第8)より
腎者、主蟄封蔵之本、精之処也。(
腎なる者、蟄(ちつ)を主り、封蔵の本、精の処なり。)
→
「腎は、土の中で冬眠している虫、 すなわち隠れしまい込む大事な物を主るので「封蔵のもと」と言われ、 体内においては蓄えるべき重要なエネルギーである 精をしまい込んでおく所なのである。」ちなみに、この腎に蓄えられた精は、
主に老化、房事過多(セックス過多)、過労や
不規則な生活習慣などによって消耗してしまうとされている。
また、『黄帝内経 霊枢』経脈(けいみゃく)篇(第10)には
経脈(けいみゃく:気血(身体に必要なエネルギーの総称)が運行する通路)
の人体における具体的な走行通路や、
その経脈における病症の内容についてが記されているが、
五臓の腎の経脈における病証の記述の一部を抜粋すると、
是動則、・・・(略)・・・目硯硯如無所見・・・(略)・・・。(
これ動ずればすなわち、・・・ 目は硯硯(こうこう)として見る所無きがごとく・・・。)
→
「腎の経脈に異常が出ると、・・・目は物を見ても、その物が無いかのように はっきりとせず、・・・」とあり、腎の経脈と、視界の異常とが関係すると述べられていることが分かる。
(1)(2)より、
五臓の肝がしっかりと働かなくなったり、また、精を蓄えている「腎」が弱ったり、精を消耗して肝に供給できずにいると目の働きに影響が及び、視力の低下につながってくる。ただし、五臓の肝・腎の働きの低下以外の原因も、
目の機能の低下に影響が及ぶ場合があるという記述があり、
臨床的に重要である。
(ポイントその③=肝と腎だけが原因とは言いきれない)
『黄帝内経 霊枢』
大惑論(だいわくろん)「篇(第80)より
五藏六府之精氣、皆上注於目、而爲之精。(
五臓六腑の精気、皆上がって目に注ぎて、これ精となす。)
→
「五臓六腑の精気は皆上に上がって目に注ぎ、
目の働きのもととなるエネルギーとなる。」すなわち、
肝や腎だけでなく、五臓六腑の中のいずれかに不調があると目の働きの低下につながるということである。そのため、臨床においては、
目の不調の原因がどこにあるのかを
肝や腎だけに特定せずに
みていかなければならない。
(3)治法・方剤
治法(治療の考え方)は
「
滋補肝腎法(じほかんじんほう)」すなわち
肝や腎の精気を補うこととし、
それにあった方剤(いわゆる漢方薬のこと)として
「
杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)」が代表的なものであるとされている。
<杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)>
「六味地黄丸(ろくみじおうがん)」という方剤にに
「枸杞子(くこし)」と「菊花(きくか)」を加えたものである。
①組成(方剤の構成)
・熟地黄(じゅくじおう) 24g・山茱萸(さんしゅゆ) 12g・山薬(さんやく) 12g・沢瀉(たくしゃ) 9g・茯苓(ぶくりょう) 9g・牡丹皮(ぼたんぴ) 9g・枸杞子(くこし) 9g・菊花(きくか) 9g②効能
滋腎養肝・明目(じじんようかん・めいもく)(五臓の肝・腎の不足したエネルギーを補い、目をはっきり見えるようにする)
③主治
肝腎の陰虚(エネルギー不足)による
目のかすみ・視力の減退・目の異物乾燥感・風にあたると涙が出るなどの症候
④方意(方剤の構成の意図)
「六味地黄丸」は、主となる薬が熟地黄である。
「六味地黄丸」における熟地黄は、腎の不足を補う働きをする。
山茱萸は肝・腎の不足を補い、
山薬は腎と五臓の「脾(ひ:飲食物を消化吸収して必要なエネルギーの産生・運搬などを行う)」を補い、
これら三薬によって、腎・肝・脾を強めて、より腎を補う効果を高める。
これを「三補」(さんほ:3つの臓を補う)という。
沢瀉、茯苓、牡丹皮は、
内にこもった熱や不要な水分を取り除き、さらに山茱萸の温性を除く。
これを「三瀉」(さんしゃ:不要な熱・水などを取り除く)という。
この「三補三瀉」の働きによって
六味地黄丸は、腎・肝・脾の働きを高める。これに、
肝の働きを高める枸杞子(くこし)と菊花(きくか)を加えたものが杞菊地黄丸である。杞菊地黄丸に、「羊肝丸(ようかんまる)」
という方剤を合わせて用いる場合もある。
参考:主薬である地黄(じおう)
杞菊地黄丸に配合されている下図右の熟地黄は、
乾燥させた地黄を何度か酒で蒸して熟成させたものである。
下図左の鮮地黄は新鮮なものであり、
地黄は加工の仕方の違いによって効能が異なる。
<熟地黄(じゅくじおう)>
・処方用名(名称):熟地黄・熟地・大熟地・熟地炭・砂仁拌熟地・ジオウ
・基原(きげん:生薬のもととなる動植鉱物とその薬用部位のこと):
ゴマノハグサ科のジオウや、
カイケイジオウの肥大根を乾燥したのち酒で蒸して熟成したもの
・熟地黄は、
養血薬(ようけつやく:血虚(けっきょ:気血のうちの「血」が不足した状態)を改善する薬物)の代表的なものであり、
「六味地黄丸」だけでなく「四物湯(しもつとう)」などの方剤にも配合される。
[記事]大原
参考:
『基礎中医学』
『中医診断と治法』 燎原
『中医内科学』
『黄帝内経 素問』
『黄帝内経 霊枢』 東洋学術出版社
『臓腑経絡学』 アルテミシア
『中医臨床のための方剤学』
『中医臨床のための中薬学』 神戸中医学研究会
龍谷大学図書館 貴重資料画像データベース
『医学綱目』:
http://www.afc.ryukoku.ac.jp/kicho/html/v_menu/9813.html?l=2,1
日本漢方生薬製剤協会:
http://www.nikkankyo.org/seihin/yougo/explanation06.htm