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【Leica】大阪を上空から。

天から臨めば 一粒にもみたないものの中に、 圧縮されたようにそれぞれの想いや生活がある。 まぎれもない営みが過ぎ去る一コマ一コマのたわいもない建物の中に 確実に存在する小さくて重いもの。 不思議な気持ちになる。

【舌診学】食道癌 / 症例No.1

食道癌の患者の舌写真です。

傷寒論について

こんにちは、為沢です。 今年は岡本太郎先生の生誕100年ということで 面白いサイトがあったので御紹介いたします。 ↓ 「太郎に訊け!会話ジェネレーター」 なにか言葉を投げかければ岡本太郎先生が答えてくれます。 是非、一度お試し下さい。 ありがたい御言葉をいただけますよ。 さて、今回より中医学者にとって必須である 『傷寒論』という古典医籍を御紹介していこうと思います。 傷寒論とは張仲景(西暦150年頃生〜219年頃没・ 河南省南陽鄧県の人で中国後漢の官僚で著名な医学者)が著した 伝統中国医学の古典医籍であります。 張仲景は同郷の張伯祖から医術を学び、 若くして医学理論、臨床実践の面で師より優れるようになりました。 彼が生きた後漢末は、封建支配階級の過酷な搾取と圧迫と 何年も続いた戦争のため、安心して生活ができない時代であり、 また疾病が流行し多数の命が失われた時代で 張仲景の一族も、もとは200名以上の大家族でありましたが 建安元年(196年)から10年足らずで3分の2が死亡し うち70%が傷寒による病死でありました。 このような疫病の惨状を目の当たりにし、 張仲景は病を治して人を救うため『内経』など古典の医籍を 広く研究し、一般の人々の治療経験を広く集め、 自分の臨床経験と併せて『傷寒論雑病論』十六巻を撰しました。 彼の著作は世に出て間もなく戦乱の渦にのまれ 原書が散逸しましたが、西晋時代(265〜316年)の王叔和の編集、 宋の治平年間(1065年)に高保衡、孫奇、林億らの 校正を経て現在の『傷寒論』と『金匱要略』という2つの書物として 現代に伝わっております。 傷寒とは広義の意味と狭義の意味の二つがあり、 広義の意味では「温熱を含めた外感熱病の総称」で、 狭義の意味では「風寒の邪を感受して起こる病証」のことで 温熱は含まれません。 この意味の違いは高保衡、孫奇、林億らの校正・復刻による 宋改の結果起こったことで、傷寒論の解釈の違いになってきます。 では、『傷寒論』の傷寒はどう記述してあるかというと 傷寒、中風、温病などの外感病証のそれぞれを記しているため 広義の傷寒であるといえます。 しかしその内容は、狭義の傷寒について詳しく論述されており、 温病に関する記述は、傷寒と比較、または識別できるように 簡単に説明されているだけに留まっております。 次回よりこの狭義の傷寒を中心に 傷寒論の中身を御紹介して参ります。 参考文献: 『現代語訳 宋本傷寒論』 『中国傷寒論解説』 『中国鍼灸各家学説』 『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社 為沢

小柴胡湯①/腹證奇覧より

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<卒業報告>頻尿:大阪府寝屋川市のT.Sさま

頻尿でお困りの大阪府寝屋川市のT.S様の鍼灸治療体験談です。

いらっしゃいませ。

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無汗を呈する病証と発汗の機序

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