杏仁
杏仁

張仲景の古医書『傷寒論』の解説です。

今回の傷寒論は
弁太陰病脈証并治 二百七十八章・二百七十九章。
二百七十八章では、太陰病と脾陽の回復について。
二百七十九章では、
太陽病に誤って攻下法を行い、腹満となった場合について。
それぞれ詳しく述べております。


二百七十八章

傷寒脉浮而緩、手足自溫者、繋在太陰、
太陰當發身黄、若小便自利者、不能發黄、
至七八日、雖暴煩下利、日十餘行、
必自止、以脾家實、腐穢當去故也。

和訓:
傷寒脉浮にして緩、手足自ら温なるものは、繋りて太陰に在り。
太陰は当に身黄を発すべし。若し小便自利する者は、発黄すること能わず。
七八日に至り、暴に煩して下利すること日に十余行と雖も、
必ず自ら止む、脾家実するを以て、腐穢当に去るべきが故なり。


傷寒脉浮而緩
緩脈は本来脾の脈状である。
傷寒は無汗で脈は浮緊を示し、発熱等の症状がある。
ここでは湿邪が太陰土にあるので脈は浮緩を示している。

手足自溫者、繋在太陰
脾は四肢を主る。
湿と熱が合わさり、手足が温かくなっているが発熱はない。

太陰當發身黄、若小便自利者、不能發黄
小便不利であれば湿が下方から出ないために
裏に鬱滞し、熱は発散されず内蒸する。
湿熱が内にこもり、胆汁が溢散して、身体が黄色になるはずであるが
このとき小便がよく出れば、湿が除かれるので
身体が黄色になることはない。

至七八日、雖暴煩下利、日十餘行、必自止
7〜8日経過して陽明病燥化していないのに
突然イライラして1日に数十回も下痢をするのは、
この煩・利が陽明燥熱や太陰脾虚によるものではなく、
脾陽が充実して腸内の宿便が自然に排出されるためである。

以脾家實、腐穢當去故也
この病理は太陰と陽明の相互作用により証明される。
両者はどちらも裏病に属し、正気が虚して下痢になる場合は太陰虚寒証、
正気は虚していないが邪実宿便(邪実)が去らない場合は
陽明熱実証となるのである。
そして正気が回復することにより邪を下痢という形で
排出することができれば、それは最も理想的な治療である。

提要:
太陰病と脾陽の回復について。

『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
傷寒の病に罹って脈象が浮で緩となり、
手足は温かであるなら、病は太陰に関係があると示唆される。
理屈から言うと病が太陰に在れば、身体は黄染するはずであるが、
もし小便がよく出ているなら、黄染することはない。
第七八病日になった頃、突然に心煩と一日に十数行もの下痢が現れても
やがて自然に止まるが、それは脾胃の正気が回復しかつ充実すると、
腸の中に蓄積している腐った汚物が体外に排出されるからだ。


二百七十九章

本太陽病、醫反下之、因爾腹滿時痛者、
屬太陰也、桂枝加芍藥湯主之。大實痛者、桂枝加大黄湯主之。

桂枝加芍藥湯方
桂枝三兩、去皮 芍藥六兩 甘草二兩、炙大棗十二枚、擘 生薑三兩、切
右五味、以水七升、煮取三升、去滓、溫分三服。本云、桂枝湯、今加芍薬。

桂枝加大黄湯方
桂枝三兩、去皮 大黄二兩 芍藥六兩 生薑三兩、切 甘草二兩、炙 大棗十二枚、 
右六味、以水七升、煮取三升、去滓、溫服一升、日三服。

和訓:
本太陽病、医反って之を下し、
爾るに因り腹満して時に痛むものは、太陰に属すなり。
桂枝加芍薬湯之を主る。大実痛するものは、桂枝加大黄湯之を主る。

桂枝加芍薬湯之
桂枝三両、皮を去る  芍薬 六両  甘草二両、炙る 大棗十二枚、擘く  生薑三両、切る
右五味、水七升を以て、煮て三升を取り、
滓を去り、温め三服に分かつ。本に云う、桂枝湯、今芍薬を加うと。

桂枝加大黄湯之
桂枝三両、皮を去る  大黄 二両  芍薬六両 生薑三両、切る  甘草二両、炙る  大棗十二枚、擘く
右六味、水七升を以て、煮て三升を取り、
滓を去り、一升を温服し、日に三服す。


本太陽病、醫反下之、因爾腹滿時痛者
病は太陽にあるのに誤って攻下法を行い邪が内陥した。
これにより表邪が解けないばかりか、
さらに脾経も損傷して気血は凝滞し、経脈はスムーズに通らなくなり
腹満自痛が出現したのである。

屬太陰也、桂枝加芍藥湯主之
太陰病の腹満は実証にはならず腹痛も激しくならない。
これは本来の太陰病ではなく、
誤って攻下したために発病したものであるから、
桂枝湯の芍薬を倍加させて内では気血を和し、
外では営衛を調えていけば、脾経の経気はスムーズに通り
腹痛は止まっていくのである。

大實痛者、桂枝加大黄湯主之
腹満時痛がさらに激しく、
拒案で排便がない場合を指すが
陽明腑実証の大満大実とは明らかに異なる。
これは誤って攻下したことにより太陰が傷つき、
それが陽明に波及し、胃腸の伝導作用が失われ
宿便が腸中に貯まったからであるから、
先の桂枝湯に大黄を少量加え、
伝導作用の回復を図り表裏を疎通させ、
邪が内陥して引き起こした症状を治療するのである。

 

桂枝加芍薬湯

桂枝
桂枝

桂枝
基原:
クスノキ科のケイの若枝または樹皮。

桂枝は辛甘・温で、主として
肺・心・膀胱経に入り、
兼ねて脾・肝・腎の諸経に入り、
辛散温通して気血を振奮し営衛を透達し、
外は表を行って肌腠の風寒を緩散し、
四肢に横走して経脈の寒滞を温通し、
散寒止痛・活血通経に働くので、
風寒表証、風湿痺痛・中焦虚寒の腹痛・
血寒経閉などに対する常用薬である。
発汗力は緩和であるから、
風寒表証では、有汗・無汗問わず応用でき、
とくに体虚感冒・上肢肩臂疼痛・
体虚新感の風寒痺痛などにもっとも適している。
このほか、水湿は陰邪で陽気を得てはじめて化し、
通陽化気の桂枝は
化湿利水を強めるので、
利水化湿薬に配合して痰飲・畜水などに用いる。

芍薬
芍薬

芍薬
ボタン科のシャクヤクのコルク皮を除去し
そのままあるいは湯通しして乾燥した根。

芍薬には<神農本草経>では
赤白の区別がされておらず宋の<図経本草>で
はじめて金芍薬(白芍)と木芍薬(赤芍)が分けられた。

白芍は補益に働き赤芍は通瀉に働く。
白芍は苦酸・微寒で、酸で収斂し苦涼で泄熱し、
補血斂陰・柔肝止痛・平肝の効能を持ち諸痛に対する良薬である。
白芍は血虚の面色無華・頭暈目眩・
月経不調・痛経などには補血調経し、
肝鬱不舒による肝失柔和の胸脇疼痛・四肢拘孿
および肝脾不和による
腹中孿急作痛・瀉痢腹痛には柔肝止痛し、
肝陰不足・肝陽偏亢による
頭暈目眩・肢体麻木には斂陰平肝し、
営陰不固の虚汗不止には斂陰止汗する。
利小便・通血痺にも働く。

甘草
甘草

甘草
基原:
マメ科のウラルカンゾウ、
またはその他同属植物の根およびストロン。

甘草の甘平で、脾胃の正薬であり、
甘緩で緩急に働き、補中益気・潤肺祛痰・止咳・
清熱解毒・緩急止痛・調和薬性などの性能を持つ。
そのため、脾胃虚弱の中気不足に用いられる。
また、薬性を調和し百毒を解すので、熱薬と用いると熱性を緩め
寒薬と用いると寒性を緩めるなど薬性を緩和し
薬味を矯正することができる。
ここでは甘緩和中と諸薬の調和に働く。

大棗
大棗

大棗
基原:
クロウメモドキ科のナツメ。またはその品種の果実。

甘温で柔であり、補脾和胃と養営安神に働くので、
脾胃虚弱の食少便溏や営血不足の臓燥など心神不寧に使用する。
また薬性緩和にも働き、
峻烈薬と同用して薬力を緩和にし、脾胃損傷を防止する。
ここでは、脾胃を補うとともに
芍薬と協同して筋肉の緊張を緩和していく。
また、生薑との配合が多く、
生薑は大棗によって刺激性が緩和され、
大棗は生薑によって気壅致脹の弊害がなくなり、
食欲を増加し消化を助け、
大棗が営血を益して発汗による
傷労を防止し、
営衛を調和することができる。

生薑
生薑

生薑
基原:
ショウガ科のショウガの新鮮な根茎。
日本では、乾燥していない生のものを鮮姜、
乾燥したものを生姜を乾生姜ということもあるので注意が必要である。

生薑は辛・微温で肺に入り発散風寒・祛痰止咳に、
脾胃に入り温中祛湿・化飲寛中に働くので
風温感冒の頭痛鼻塞・痰多咳嗽および水湿痞満に用いる。
また、逆気を散じ嘔吐を止めるため、
「姜は嘔家の聖薬たり」といわれ風寒感冒・水湿停中を問わず
胃寒気逆による悪心嘔吐に非常に有効である。

 

桂枝加大黄湯
(桂枝加芍薬湯+大黄)

大黄
大黄

大黄
基原:
タテ科のダイオウ属植物、
およびそれらの種間雑種の根茎。しばしば根も利用される。

大黄は苦寒沈降し気味ともに厚く、
「走きて守らず」で下焦に直達し、胃腸の積滞を蕩滌するので、
陽明腑実の熱結便秘・壮熱神昏に対する要薬であり
攻積導滞し瀉熱通腸するため、
湿熱の瀉痢・裏急後重や食積の瀉痢・大便不爽にも有効である。
このほか、瀉下泄熱により血分実熱を清し
清熱瀉火・凉血解毒に働くので
血熱吐衄・目赤咽腫・癰腫瘡毒などの上部実熱にも用い、
行瘀破積・活血通経の効能をもつために、
血瘀経閉・産後瘀阻・癥瘕積聚
跌打損傷にも適し、
湿熱を大便として排出し清化湿熱にも働くので、
湿熱内蘊の黄疸・水腫・結胸にも使用する。
外用すると清火消腫解毒の効果がある。

提要:
太陽病に誤って攻下法を行い、腹満となった場合について。

『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
もともと太陽病であったが、医者が誤って攻下法で治療した結果、
腹部は膨満してしばしば痛むようになった場合は、
病は太陰に転属しており、桂枝加芍薬湯で治療する。
もし腹痛がひどくてかつ拒案の場合は、桂枝加大黄湯で治療する。
〔処方を記載〕第三法。

桂枝加芍薬湯
桂枝三両、皮を除く  芍薬六両  甘草二両、炙る
大棗十二個、裂く 生薑三両、切る
右の五味を、七升の水で、三升になるまで煮て、
滓を除き、三回に分けて温服する。
別本には、桂枝湯に芍薬を加える、とある。

桂枝加大黄湯
桂枝三両、皮を除く  大黄二両  芍薬六両
生薑三両、切る 甘草二両、炙る大棗十二個、裂く
右の六味を、七升の水で、三升になるまで煮て、
滓を除き、一升を温服し、日に三回服用する。


参考文献:
『現代語訳 宋本傷寒論』
『中国傷寒論解説』
『傷寒論を読もう』
『中医基本用語辞典』   東洋学術出版社
『傷寒論演習』
『傷寒論鍼灸配穴選注』 緑書房
『増補 傷寒論真髄』  績文堂
『中医臨床家のための中薬学』
『中医臨床家のための方剤学』 医歯薬出版株式会社

生薬イメージ画像:為沢 画

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為沢

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