半夏
半夏

張仲景の古医書『傷寒論』の解説です。

今回の傷寒論は弁少陽病脈証并治 二百六十六章。
二百六十八章では、
三陽病の合病で特に少陽病が顕著である場合の脉証について。
二百六十九章では、太陽病と少陽病に内伝して現れた症状より
病は循経相伝と表裏相伝があることについて。
二百七十章では、陰陽の病機と進退について。


二百六十八章

三陽合病、脉浮大、上關上、但欲眠睡、目合則汗。

和訓:
三陽の合病、脉浮大、関上に上り、
但だ眠睡せんと欲し目合すれば則ち汗す。


三陽合病、脉浮大、上關上
太陽病は脉浮、陽明病は脉大である。
ここでは、脉浮大でしかも関上で顕著であり、
熱邪が胸郭で盛んであれば、半表半裏の少陽病である。

但欲眠睡、目合則汗
三陽の熱邪が表裏全体に広がり、
少陽気機が滞ってスムーズに巡らず
木気と火気の交流が行われなくなり、
甚だしければ病人はよく睡眠を欲しがるようになる。
そして眠ってしまえば、熱邪が陽より陰に入り、
陽熱は陰に追われて外に出るので盗汗が出現する。

提要:
三陽病の合病で特に少陽病が顕著である場合の脉証について。

『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
三陽経が同時に邪を受けて発病すると、
脈は浮大で、脈は関部にのみ出現し、
頭がもうろうとして眠たがり、寝付くと発汗する。


二百六十九章

傷寒六七日、無大熱、其人躁煩者、此爲陽去入陰故也。

和訓:
傷寒六七日、大熱なく、
其の人躁煩するものは、此れ陽去り陰に入るが故と為すなり。


傷寒六七日、無大熱、其人躁煩者
傷寒にかかり、6〜7日、
陽気は再び回復する時期である。
病は太陽病の病機で治っていく。
しかしここでは、邪気は陽症より去ったので、
表証の大熱は出現しないが、
邪は少陰の裏に伝わったので腎燥心煩が出現する。

此爲陽去入陰故也
太陽経と少陰経の経脈は絡属関係にあり、
その臓腑は表裏関係にあるため通じている。
陽症から陰症に伝わることは、
表から陰に伝わるということである。

提要:
太陽病と少陽病に内伝して現れた症状より
病は循経相伝と表裏相伝があることについて。

『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
傷寒に罹って六七日経った後、
顕著な発熱はないが、患者は煩燥して不穏な状態であれば、
病邪が表から裏に入った証拠である。


二百七十章

傷寒三日、三陽爲盡、三陰當受邪、
其人反能食而不嘔、此爲三陰不受邪也。

和訓:
傷寒三日、三陽尽きんと為し、三陰当に邪を受くべし。
其の人反って能く食して嘔せざれば、此れ三陰邪を受けずと為すなり。


寒三日、三陽爲盡、三陰當受邪、其人反能食而不嘔、此爲三陰不受邪也
傷寒にかかり三日目、三陽経気は少陽経に尽く伝わり
4日目には太陰に伝わっていく。
太陰病の主な症状は
”腹部が膨満して吐く、食事ができず下痢をして腹痛がたえずある”
であるが、ここでは食事ができ、嘔吐しない。
これは脾陽は虚しておらず、病邪をうけていないからであり、
経気伝入の時期ではあるが、病気を受けていないのである。
従って少陽の枢機を正常に働かせれば、
邪を自然に追い出していくことができる。

提要:
陰陽の病機と進退について。

『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
傷寒の病に罹って三日経つと、三陽における伝経は終了し、
今度は三陰が邪を受けて発病するはずだ。
ところが、患者は逆に食が進み、また嘔吐もしないなら、
三陰はまだ病邪に侵襲されていない証拠である。


参考文献:
『現代語訳 宋本傷寒論』
『中国傷寒論解説』
『傷寒論を読もう』
『中医基本用語辞典』   東洋学術出版社
『傷寒論演習』
『傷寒論鍼灸配穴選注』 緑書房
『増補 傷寒論真髄』  績文堂
『中医臨床家のための中薬学』
『中医臨床家のための方剤学』 医歯薬出版株式会社

生薬イメージ画像:為沢 画

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是非参考文献を読んでみて下さい。

為沢

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