張仲景の古医書『傷寒論』の解説です。
今回の傷寒論は弁少陽病脈証并治 二百六十六章。
二百六十六章では、病が少陽に内伝した場合の証治について。
二百六十七章では、誤治を行った場合について詳しく述べております。
二百六十六章
本太陽病、不解、轉入少陽者、
脇下鞕滿、乾嘔、不能食、往來寒熱、
尚未吐下、脉沈緊者、與小柴胡湯。方一。
柴胡八兩 人参三兩 黄芩三兩
甘草三兩、炙 半夏半升、洗 生薑三兩、切 大棗十二枚、擘
右七味、以水一斗二升、煮取六升、去滓、再煎取三升。溫服一升、日三服。
和訓:
本太陽病解せず、少陽に転入するものは、
脇下鞕満し、乾嘔して食すること能わず、往来寒熱し、
尚未だ吐下せず、脉沈緊なるものは、小柴胡湯を与う。方一。
柴胡八両 人参 三両 黄芩三両
甘草三両、炙る 半夏半升、洗う 生薑三両、切る 大棗十二枚、擘く
右七味、水一斗二升を以て、煮て六升を取り、
滓を去り、再び煎じて三升を取る。一升を温服し、日に三服す。
・本太陽病、不解、轉入少陽者
太陽病が治らず、その後表邪が完全に半表半裏に内陥して
少陽病が出現した状態を少陽に転入したという。
・脇下鞕滿
胆の腑は肝に付随して、その経脈は両脇を巡る。
少陽病は肝胆の疏泄作用が正常に働かなくなった状態であるので
脇下鞕満が出現する。
・乾嘔、不能食
胆木の気が鬱滞して胃土に伝わると乾嘔、不能食となる。
・往來寒熱
病が少陽にあり、正邪の抗争が
半表半裏で行われているので寒熱往来が現れる。
・尚未吐下、脉沈緊者、與小柴胡湯
脈沈緊は少陽の邪が半裏にあることを示すので
まだ吐・下法を行い裏を攻撃することはできない。
従って小柴胡湯で枢機を正常にして解いていく。
小柴胡湯
・柴胡
基原:
セリ科のミシマサイコ、またはその種の根。
日本や韓国で栽培利用されているのは本種である。
柴胡は苦微辛・微寒で芳香を有し、
軽清上昇して宣透疏達し、
少陽半表半裏の邪を疏散して透表泄熱し、
清陽の気を昇挙し、
かつ肝気を疏泄して欝結を解除する。
それゆえ、邪在少陽の往来寒熱に対する主薬であり、
肝気欝結の胸脇脹痛・婦女月経不調や
清陽下陥の久瀉脱肛などにも常用する。
・人参
基原:
ウコギ科のオタネニンジンの根。
加工調整法の違いにより種々の異なった生薬名を有する。
人参は甘・微苦・微温で中和の性を稟け、
脾肺の気を補い、生化の源である
脾気と
一身の気を主る肺気の充盈することにより、
一身の気を旺盛にし、
大補元気の効能をもつ。
元気が充盈すると、益血生津し安神し智恵を増すので、
生津止渇・安神益智にも働く。
それゆえ、虚労内傷に対する第一の要薬であり、
気血津液の不足すべてに使用でき、
脾気虚の倦怠無力・食少吐瀉、
肺気不足の気短喘促・脈虚自汗、
心神不安の失眠多夢・驚悸健忘、
津液虧耗の口乾消渇などに有効である。
また、すべての大病・久病・大吐瀉による
元気虚衰の虚極欲脱・脈微欲絶に対し、
もっとも主要な薬物である。
・黄芩
基原:
シソ科のコガネバナの周皮を除いた根、
内部が充実し、
細かい円錐形をしたものを
条芩、枝芩、尖芩などと称し、
老根で内部が黒く空洞になったものを枯芩、
さらに片状に割れたものを片芩と称する。
黄芩は苦寒で、苦で燥湿し寒で清熱し、
肺・大腸・小腸・脾・胆経の湿熱を
清利し、
とくに肺・大腸の火の清泄に長じ肌表を行り、安胎にも働く。
それゆえ、熱病の煩熱不退・肺熱咳嗽・
湿熱の痞満・瀉痢腹痛・
黄疸・懐胎蘊熱の胎動不安などに常用する。
また瀉火解毒の効能をもつので、
熱積による吐衄下血あるいは
癰疽疔瘡・目赤腫痛にも有効である。
とくに上中二焦の湿熱火邪に適している。
・甘草
基原:
マメ科のウラルカンゾウ、
またはその他同属植物の根およびストロン。
甘草の甘平で、脾胃の正薬であり、
甘緩で緩急に働き、
補中益気・潤肺祛痰・止咳・
清熱解毒・
緩急止痛・調和薬性などの性能を持つ。
そのため、脾胃虚弱の中気不足に用いられる。
また、薬性を調和し百毒を解すので、
熱薬と用いると熱性を緩め
寒薬と用いると
寒性を緩めるなど薬性を緩和し薬味を矯正することができる。
・半夏
基原:
サトイモ科のカラスビシャクの
塊茎の外皮を除去して乾燥したもの。
半夏は辛散温燥し、水湿を行らせ逆気を下し、
水湿を除けば脾が健運して痰涎は消滅し、
逆気が下降すると
胃気が和して痞満嘔吐は止むので
燥湿化痰・和胃消痞・降逆止嘔の良薬である。
それゆえ、脾虚生痰の多痰、痰濁上擾の心悸・失眠・眩暈、
痰湿犯胃の悪心嘔吐・飲食呆滞・心下痞結にもっとも適する。
また、適当な配合を行えば、
痰湿犯胃の咳喘・胃虚や胃熱の嘔吐・
痰湿入絡の痰核などにも使用できる。
このほか、行湿通腸するので老人虚秘にも効果がある。
生半夏を外用すると癰疽腫毒を消す。
・生薑
基原:
ショウガ科のショウガの新鮮な根茎。
日本では、乾燥していない生のものを鮮姜、
乾燥したものを生姜を
乾生姜ということもあるので注意が必要である。
生薑は辛・微温で肺に入り発散風寒・祛痰止咳に、
脾胃に入り温中祛湿・化飲寛中に働くので
風温感冒の頭痛鼻塞・痰多咳嗽および水湿痞満に用いる。
また、逆気を散じ嘔吐を止めるため、
「姜は嘔家の聖薬たり」といわれ
風寒感冒・水湿停中を問わず
胃寒気逆による悪心嘔吐に非常に有効である。
・大棗
基原:
クロウメモドキ科のナツメ。
またはその品種の果実。
甘温で柔であり、補脾和胃と養営安神に働くので、
脾胃虚弱の食少便溏や営血不足の臓燥など心神不寧に使用する。
また薬性緩和にも働き、峻烈薬と同用して
薬力を緩和にし、脾胃損傷を防止する。
ここでは、脾胃を補うとともに
芍薬と協同して筋肉の緊張を緩和していく。
また、生薑との配合が多く、
生薑は大棗によって刺激性が緩和され、
大棗は生薑によって気壅致脹の弊害がなくなり、
食欲を増加し消化を助け、
大棗が営血を益して発汗による
傷労を防止し、
営衛を調和することができる。
提要:
病が少陽に内伝した場合の証治について。
『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
もともと太陽病であったが治癒せずに少陽病に転じた場合は、
脇下硬満、乾嘔して摂食できない、往来寒熱などが出現する。
まだ催吐や攻下による治療を受けておらず、
脈象が沈かつ緊であれば、小柴胡湯で治療する。処方を記載。第一法。
柴胡八両 人参三両 黄芩三両
甘草三両、炙る 半夏半升、洗う 生薑三両、切る 大棗十二個、裂く
右の七味は、一斗二升の水で、六升になるまで煮て、
滓を除き、更に三升になるまで煎じる。
一升を温服し、日に三回服用する。
二百六十七章
若已吐下、發汗、溫鍼、讝語、
柴胡湯證罷、此爲壞病、知犯何逆、以法治之。
和訓:
若し已に吐し下し発汗し温鍼し、譫語し、
柴胡湯証罷まば、此れ壊病と為し、何れの逆を犯したるかを知り、法を以て之を治せ。
・若已吐下、發汗、溫鍼、讝語、柴胡湯證罷、此爲壞病
汗・吐・下・火法などを行い、津傷・胃熾とさせ
譫語が現れた場合は、病がすでに少陽にはなく、変証となったのである。
・知犯何逆、以法治之
邪が何を犯したかという病機を明確にし、
それに従って治法を行っていかなければならない。
提要:
誤治を行った場合について。
『現代語訳 宋本傷寒論』訳を使用:
すでに催吐法、攻下法、発汗法および温鍼法などによる治療を行った後、
もし譫語が出現し、しかも柴胡湯証はすでに消失しているのなら、
誤りを犯したのかを明らかにして、適切な方法で治療せねばならない。
参考文献:
『現代語訳 宋本傷寒論』
『中国傷寒論解説』
『傷寒論を読もう』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社
『傷寒論演習』
『傷寒論鍼灸配穴選注』 緑書房
『増補 傷寒論真髄』 績文堂
『中医臨床家のための中薬学』
『中医臨床家のための方剤学』 医歯薬出版株式会社
生薬イメージ画像:為沢 画
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是非参考文献を読んでみて下さい。
為沢