こんにちは為沢です。
張仲景の古医書『傷寒論』の解説です。
今回の傷寒論は弁太陽病脈証并治(下)百七十七章と百七十八章。
百七十七章では、心虚で脉が結代する場合の証治について。
百七十八章では、結代の脉状と、その予後について詳しく述べております。
百七十七章
傷寒脉結代、心動悸、炙甘草湯主之。方三十九。
甘草四兩、炙 生薑三兩、切 人参二兩 生地黃一斤
桂枝三兩、去皮 阿膠二兩 麦門冬半升、去心 麻仁半升 大棗三十枚、擘
右九味、以清酒七升、水八升、先煮八味、取三升、
去滓、内膠烊消尽、溫服一升、日三服。一名復脉湯。
和訓:
傷寒脉結代し、心動悸するは、炙甘草湯之を主る。方三十九。
甘草四両、炙る 生薑三両、切る 人参二両 生黃地一斤
桂枝三両、皮を去る 阿膠二両 麦門冬半升、心を去る 麻仁半升 大棗三十三枚、擘く
右九味、清酒七升、水八升を以て、先ず八味を煮て、三升を取り、滓を去り、
膠を内れ烊消し尽くし、一升を温服し、日に三服す。一つに復脉湯と名づく。
・傷寒脉結代、心動悸、炙甘草湯主之
脈の拍動が時々一回停止し、比較的短時間で再開する場合を結脉。
比較的休止時間の長い場合を代脉という。
心蔵の拍動が強く、心理的に不安になって落ち着かない場合を心動悸という。
傷寒時にこの脉をみるのは、
平素より気血が虚して耗散し、臓気が衰微しているからである。
心は血脉を主り、陽気を巡らせていく。
いま表邪を受けたのに、正気には病邪に対する抵抗力がなく、
反って、邪にかき乱され、気血を巡らせることができなくなり
動悸が生じ、不安になって、脈が結代するようになったのである。
血脉は腎陰が元になって、胃陰が作り、心が主っている。
心の気血はすべて、腎の滋養作用と、後天の水穀の精微の補充に頼っている。
この方中の炙甘草は益気補中する元を補う。
人参、生地黃、麦冬、阿膠、麻仁、大棗は滋陰・補血・益気作用があり、
桂枝、生薑、清酒の辛は陽気を巡らせ、陰を助けていく。
これらの協調作用により、血脉は以前のように回復し、動悸も自然に治まる。
炙甘草湯
・甘草
基原:
マメ科のウラルカンゾウ、
またはその他同属植物の根およびストロン。
甘草の甘平で、脾胃の正薬であり、
甘緩で緩急に働き、補中益気・潤肺祛痰・
止咳・
清熱解毒・緩急止痛・調和薬性などの性能を持つ。
そのため、脾胃虚弱の中気不足に用いられる。
また、薬性を調和し百毒を解すので、
熱薬と用いると熱性を緩め
寒薬と用いると
寒性を緩めるなど薬性を緩和し薬味を矯正することができる。
・生薑
基原:
ショウガ科のショウガの新鮮な根茎。
日本では、乾燥していない生のものを鮮姜、
乾燥したものを生姜を乾生姜ということもあるので注意が必要である。
生薑は辛・微温で肺に入り発散風寒・祛痰止咳に、
脾胃に入り温中祛湿・化飲寛中に働くので
風温感冒の頭痛鼻塞・痰多咳嗽および水湿痞満に用いる。
また、逆気を散じ嘔吐を止めるため、
「姜は嘔家の聖薬たり」といわれ
風寒感冒・水湿停中を問わず
胃寒気逆による悪心嘔吐に非常に有効である。
・人参
基原:
ウコギ科のオタネニンジンの根。
加工調整法の違いにより種々の異なった生薬名を有する。
人参は甘・微苦・微温で中和の性を稟け、
脾肺の気を補い、生化の源である
脾気と
一身の気を主る肺気の充盈することにより、
一身の気を旺盛にし、
大補元気の効能をもつ。
元気が充盈すると、益血生津し安神し智恵を増すので、
生津止渇・安神益智にも働く。
それゆえ、虚労内傷に対する第一の要薬であり、
気血津液の不足すべてに使用でき、
脾気虚の倦怠無力・食少吐瀉、
肺気不足の気短喘促・脈虚自汗、
心神不安の失眠多夢・驚悸健忘、
津液虧耗の口乾消渇などに有効である。
また、すべての大病・久病・大吐瀉による
元気虚衰の虚極欲脱・脈微欲絶に対し、もっとも主要な薬物である。
・生地黃(しょうじおう)
基原:
ゴマノハグサ科、またはその変種のカイケイジオウ。
あるいはアカヤジオウの肥大根。
広西省ではキク科植物の根を生地
あるいは土生地として利用するので注意が必要である。
生地黃は甘寒で質潤し苦で泄熱し、
心・肝・腎に入り、滋陰凉血の要薬である。
熱病傷陰の舌絳煩渇・便秘尿赤、
陰虧血陰の心煩内熱・骨蒸・消渇、
陰虚血熱の吐衄下血・発斑発疹などに適する。
・桂枝
基原:
クスノキ科のケイの若枝または樹皮。
桂枝は辛甘・温で、主として肺・心・膀胱経に入り、
兼ねて脾・肝・腎の諸経に入り、
辛散温通して気血を振奮し営衛を透達し、
外は表を行って肌腠の風寒を緩散し、
四肢に横走して経脈の寒滞を温通し、
散寒止痛・活血通経に働くので、
風寒表証、風湿痺痛・中焦虚寒の腹痛・血寒経閉などに対する常用薬である。
発汗力は緩和であるから、風寒表証では、有汗・無汗問わず応用でき、
とくに体虚感冒・上肢肩臂疼痛・体虚新感の風寒痺痛などにもっとも適している。
このほか、水湿は陰邪で陽気を得てはじめて化し、
通陽化気の桂枝は
化湿利水を強めるので、
利水化湿薬に配合して痰飲・畜水などに用いる。
・阿膠(あきょう)
基原:
ウマ科のロバやウシ科のウシなどの
除毛した皮を水で煮て製したニカワ塊。
阿膠は甘平で粘であり、
「血肉有情の品」で真陰を補い、
滋陰補血・止血の要薬である。
補肝血・滋腎陰かつ潤肺燥に働き、
滋補粘膩の性質により血絡を凝固して止血の効能をあらわす。
血虚の眩暈心悸・陰虚の心煩失眠・虚労の喘咳あるいは
陰虚の燥咳、さらに喀血・吐血・衄血・
便血・尿血・崩漏・胎漏下血などすべての出血に適する。
・麦門冬(ばくもんどう)
基原:
ユリ科のジャノヒゲの塊根。
麦門冬は甘・微苦・微寒で、
甘寒質潤で養陰生津潤燥し、苦寒で清熱し、
肺・胃・心の三経に入り、
清養肺胃・潤燥生津および清心・除煩熱に働く。
肺陰虚の燥咳痰粘あるいは
労熱喘咳・吐血、胃陰不足の舌乾口渇、
および心陰虚・心火旺の心煩不安に適する。
このほか、潤腸通便の効能もあり、
津枯腸燥の大便秘結に用いる。
・麻仁(まにん)
基原:
アサ科のアサの種子。
麻子仁は、甘平油潤で、
潤燥滑腸通便の効能をもち、
津枯の腸燥便秘に適する。
なお、補虚滋養の効能もそなえているので、
老人・体虚・産婦の血虚津枯による腸燥便秘にもよい。
・大棗
基原:
クロウメモドキ科のナツメ。
またはその品種の果実。
甘温で柔であり、
補脾和胃と養営安神に働くので、
脾胃虚弱の食少便溏や
営血不足の臓燥など心神不寧に使用する。
また薬性緩和にも働き、
峻烈薬と同用して薬力を緩和にし、
脾胃損傷を防止する。
ここでは、脾胃を補うとともに
芍薬と協同して筋肉の緊張を緩和していく。
また、生薑との配合が多く、
生薑は大棗によって刺激性が緩和され、
大棗は生薑によって気壅致脹の弊害がなくなり、
食欲を増加し消化を助け、
大棗が営血を益して発汗による
傷労を防止し、
営衛を調和することができる。
提要:
心虚で脉が結代する場合の証治について。
訳:
傷寒の病に罹って脈象が結代し、
心の鼓動を強く感じて落ち着かない場合は
炙甘草湯で治療する。処方を記載。第三十九法。
甘草四両、炙る 生薑三両、切る 人参二両 生地黃一斤
桂枝三両、皮を除く 阿膠二両 麦門冬半升、芯を除く 麻仁半升 大棗三十三個、裂く
右の九味は、七升の清酒と、八升の水とで、まず八味を煮て、三升にして、滓を除き、
そこへ阿膠を入れて完全に溶かし、一升を温服し、一日に三回服用する。一名を復脉湯という。
百七十八章
脉按之來緩、時一止復來者、名曰結。
又脉來動而中止、更來小數、中有還者反動、名曰結、陰也。
脉來動而中止、不能自還、因而復動者、名曰代、陰也。
得此脉者必難治。
和訓:
脉之を按じて来ること緩、時に一止し復た来るものは、名づけて結と曰う。
又脉来ること動いて中止し、更に来ること小し数、
中に還ることあるものは動を反し、名づけて結と曰い、陰なり。
脉来ること動いて中止し、自ら還ること能わず、
而るに因りて復た動くものは、名づけて代と曰い、陰なり。
此の脉を得るものは必ず治し難し。
・脉按之來緩、時一止復來者、名曰結
脉を取ってその脉来(搏動)が緩慢で、
医者が一呼吸する間に四搏を打たず、時々一回休んで
また新たに搏動する場合を結脉と呼ぶ。
・又脉來動而中止、更來小數、中有還者反動、名曰結、陰也
脉の搏動中、突然停止するが、
比較的早く回復し、その後は以前と同じように
搏動を再開する場合も結脉に属する。
・脉來動而中止、不能自還、因而復動者、名曰代、陰也
脉の結代は多くの場合、気血が虚衰して、
内は陰盛となり、陽気が至らないことの反映である。
・得此脉者必難治
代は結よりも軽く、結は代よりもやや重篤である。
これは陰と陽と交流せず独陰となり、
陽との交流がなされなくなったことにより
生じる変証であるから、予後は不良であることが多い。
提要:
結代の脉状と、その予後について。
訳:
脉の勢いがゆっくりで、
時に搏動が一搏欠如してまた搏動するものを、結脉という。
結脉の特徴は一連の搏動間に停止があり、
また搏動し出す際は少し速くなり、そのあと正常に搏動に戻るので、
結脉と名付けられる脉は、陰脉に属する。
もし脉の搏動があって一旦停止して、
しばらくの間は再搏動がおこらなければ、
これは代脉と呼ばれ、やはり陰脉に属する。
いずれにせよこれらの脉象が現れるような病は難治である。
参考文献:
『現代語訳 宋本傷寒論』
『中国傷寒論解説』
『傷寒論を読もう』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社
『傷寒論演習』
『傷寒論鍼灸配穴選注』 緑書房
『増補 傷寒論真髄』 績文堂
『中医臨床家のための中薬学』
『中医臨床家のための方剤学』 医歯薬出版株式会社
生薬イメージ画像:
『中医臨床家のための中薬学』 医歯薬出版株式会社
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是非参考文献を読んでみて下さい。
為沢