苓桂朮甘湯
図の如く心下にありて悸し上衝し、起れば則ち頭眩し、小便不利、
或は心煩、鬱々として志気安からざるもの、此の證なり。
何病を問わず、心下悸し、小便不利を準拠として此の方を用うべし。
又、苓姜朮甘湯を用うべし。
悸は動より小さく、之を知ること至って難し。
診するのは伝は、胸より静かに手を下し、
病人の膚に指頭の当たるや当たらざるやにして、之を窺う。
若くは、臍下腹底に少しき動あり。垂帯の風に動いて手に触るが如し。
手脈に譬うれば伏沈にして遅なるが如く、至って微なり。
また、面部手足身体のひりつき、しゃくり動くことあり。
是れ肉瞤筋惕なり。
或は振振として地に擲たんと欲し、或は起れば則ち頭眩するもの、
皆、悸するの毒のなす所、茯苓の主證なり。
悸の字、心動と訓す。
詩の衞風かん(「艹」《くさかんむり》+ 丸)の篇に「容兮。遂兮。垂帯悸兮。」
(朱氏注・悸とは帯の下垂する貌なり)と。
蓋し、垂帯の歩むに従いえヒラリ、ハラリとする貌なり。
之を腹證に当考うるに、その字義実に符号す。
豈、それ彷彿たるものならんや。
誠に古人の字を用うるに苟もせざることを見るべし。
又、苓桂朮甘湯は、心下及び臍下に悸ありて、攣急上衝するものなり。
唯、この三方のみにあらず、傷寒論に載する所、茯苓ある方は、心下悸或は肉瞤筋惕等、
方を明らかにして詳らかに察すべし。故にここに略す。
案ずるに、苓桂朮甘湯は、芎黄散・三黄丸・解毒丸の類を考え兼用すべし。
苓姜朮甘湯は平水丸兼用考うべし。
【猪苓湯・組成】
茯苓(ぶくりょう)
サルノコシカケ科のマツホドの外層を除いた菌核。
性味:甘・淡・平
帰経:心・脾・肺・腎・胃
主な薬効と応用
①利水滲湿:水湿停滞による尿量減少・浮腫などに用いる。
方剤例⇒四苓散
②健脾補中:脾虚の食欲不振・元気がない・腹鳴・腹満、
泥状便や水様便などの症候に用いる。
方剤例⇒四君子湯
③寧心安神:心神不寧の不眠・不安感・驚きやすい・心悸などの症候に用いる。
方剤例⇒帰脾湯
備考:性質が緩やかであるところから補助薬として用いることが多い。
白朮(びゃくじゅつ)
ボタン科のシャクヤクのコルク皮を除去し、
そのままあるいは湯通しして乾燥した根。
性味:苦・酸・微寒
帰経:肝・脾
主な薬効と応用
①補血斂陰:血虚による顔色につやがない・
頭のふらつき・めまい・目がかすむ四肢の痺れ
月経不順などの症候に用いる。
方剤例⇒四物湯
②柔肝止痛:肝鬱気滞による胸脇部の張った痛み・
憂鬱感・イライラなどの症候時に用いる。
方剤例⇒四逆散
③平肝斂陰:肝陰不足・肝陽上亢によるめまい・
ふらつきなどの症状に用いる。
方剤例⇒鎮肝熄風湯
備考:炒用すると補気健脾、生用すると燥湿利水に働く。
炙甘草(しゃかんぞう)
マメ科のウラル甘草の根。
性味:平・甘
帰経:脾・肺・胃
主な薬効と応用
①補中益気:脾胃虚弱で元気がない・
無力感・食欲不振・泥状便などの症候に用いる。
方剤例⇒四君子湯
②潤肺・祛痰止咳:風寒の咳嗽時に用いる。
方剤例⇒三拗湯
③緩急止痛:腹痛・四肢の痙攣時などに用いる。
方剤例⇒芍薬甘草湯
④清熱解毒:咽喉の腫脹や疼痛などに用いる。
方剤例⇒甘草湯
⑤調和薬性:性質の異なる薬物を調和させたり、偏性や毒性を軽減させる。
備考:密炙すると温性で補中益気に働く。
桂枝(けいし)
クスノキ科のケイの若枝またはその樹皮。
性味:辛・温・甘
帰経:肝・心・脾・肺・腎・膀胱
主な薬効と応用
①発汗解肌:風寒表証の頭痛・発熱・悪寒・悪風などの症候時に用いる。
方剤例⇒桂枝湯
②温通経脈:風寒湿痺の関節痛時に用いる。
方剤例⇒桂枝附子湯
③通陽化気:脾胃虚寒の腹痛時などに用いる。
方剤例⇒小建中湯
④平衡降逆:心気陰両虚で脈の結代・動悸がみられるときなどに用いる。
方剤例⇒炙甘草湯
備考:麻黄の発汗作用には劣るものの温経散寒の作用の効力は強く、
解肌発汗して寒邪を散じることができる。
【主治:苓桂朮甘湯】
水飲・脾陽不足による、
胸脇部の張り・咳嗽・呼吸促迫・眩暈・動悸などを治する。
参考文献:
『生薬単』 NTS
『腹證奇覧 全』 医道の日本社
『中医臨床のための方剤学』
『中医臨床のための中薬学』 神戸中医学研究会
画像:
『腹証奇覧 正編2巻』
京都大学貴重資料デジタルアーカイブより
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00004913
本多