葛根湯

葛根湯
葛根湯

図の如きもの、所謂亀背。
俗に傴僂というもの、是れ葛根湯の證の劇しきものなり。
此の證、世に間ありと雖も、医者難治のものとして敢えて療せず。
病家も亦た不具の生質なりとして生涯を終らしむ。
惜しい哉。
男女ともに此の患に罹るもの、人に接りて其の形の醜きを愧じざる者なし。
豈哀しからずや。
是れ生質なるものと雖も、元是れ病毒の為す所なり。
即ち先天の毒の劇しきものなり。
凡そ天地の間、万物各々浅深厚薄あるものなり。
其の浅薄なるものは、庸人(つねのひと)も是れを為す。
其の深厚に至りては人皆及ばざるものとして為さず。
所謂、自暴自棄なり。
余、之を憂いて古医道に入り治療を為すに、
其の厚深なるものを救わんと欲す。
図の如くにして亀背と号するものは、一身に毒凝結して、項背強急するものなり。
凡そ堅塊、血塊の類。
之を按じて痛む者あり、痛まざるものあり。
之を按じて痛まざるものは、毒の大なるものなり。
此の證亦た毒大なるが故に、項背強急することを覚えず。
是れを治するの法。
葛根湯本剤の分量をニ倍若しくは三倍にして、水二盞を以って煮て六分を取って之を服す。
日々三貼。毎夜、南呂丸戔目を兼用し、
時々大陥胸丸、或は先天滅毒丸、或は凝腐除圓、或は直行丸の類を兼用し、
其の毒を吐下し去るときは、其の形、漸々に減じて終に常人となる。
然れども、その毒凝結して大なるが故に、
一服薬すること一年或は一年半、甚だしきは二、三年にも及ばざれば、全くは治すること能わず。
余、往年甲州薤崎県令の請に因って、田中に客遊せし日、同州加志加沢の邑、
喜平次なる者の男(せがれ)、年十九。
此の證を憂い、之に加うるに、両脚攣急して歩行することを能わざるものを療するに、
便ち此の方法を以って之を攻むるこ二月余にして歩行することを得、半才余にして亀背の形漸減ず。
時に余、将に東都に住かんとす。
故に多く丸散湯圓を作りて残し置き去る。
余、東都に至りて、京橋南紺街に僑居す。
喜平次、また書を以って請うて曰く、
「先生の治療を得て、吾が男の亀背日々に減ず。
今遺すところの服薬みな尽きたり。
願わくは、又、薬を賜え」と。
余、諾して本剤及び丸圓を作り与うること、また半才幾り。
前後一年余にして、全く治して常人となる。
後、門人関宗俊が療するところの病者、また此の證なり。
其の令四十ばかり、まだ此の方を用いて三月ならずして全く治す。


 

 

生薑
生薑

生薑(しょうきょう)

ショウガ科のショウガの根茎。
性味:温・辛
帰経:肺・脾・胃
主な薬効と応用:健胃・発汗・鎮咳
①散寒解表:
風寒表証に辛温解表薬の補助として発汗を増強する。
方剤例⇒桂枝湯
②温胃止嘔:
胃寒による嘔吐に、単味であるいは半夏などと使用する。
方剤例⇒小半夏湯
③化痰行水:
風寒による咳嗽・白色で希薄な痰などの症候時に用いる。
方剤例⇒杏蘇散

 

 

大棗
大棗

大棗(たいそう)

クロウメモドキ科の棗(なつめ)の果実。
性味:温・甘
帰経:脾
主な薬効と応用:鎮静・抗アレルギー
①補脾和胃:
脾胃虚弱の倦怠無力・食欲不振・泥状便などの症状に用いる。
方剤例⇒六君子湯
②養営安神:
営血不足による不眠・不安感などに用いる。
方剤例⇒甘麦大棗湯
③緩和薬性:
薬力が強力な薬物に配合し、性質を緩和し脾胃の損傷を防止する。
方剤例⇒十棗湯

 

 

麻黄
麻黄

麻黄(まおう)

マオウ科のシナ麻黄の茎。
性味:温・辛・苦
帰経:肺・膀胱
主な薬効と応用:鎮咳・去痰・抗炎症・発汗・解熱
①発汗解表:外寒風寒による
悪寒・発熱・無汗・頭痛・身体痛・脈が浮緊などの表実証に、
発汗を強める時に用いる。
方剤例⇒麻黄湯
②宣肺平喘・止咳:外邪による肺気不宣で
呼吸困難や咳嗽が出る時などに用いる。
方剤例⇒麻杏甘石湯
③利水消腫:表証を伴う水腫などに用いる。
方剤例⇒麻黄附子湯

 

炙甘草(しゃかんぞう)

甘草
甘草

マメ科のウラル甘草の根。
性味:平・甘
帰経:脾・肺・胃
主な薬効と応用:去痰・鎮咳・抗炎症
①補中益気:脾胃虚弱で元気がない・
無力感・食欲不振・泥状便などの症候に用いる。
方剤例⇒四君子湯
②潤肺・祛痰止咳:風寒の咳嗽時に用いる。
方剤例⇒三拗湯
③緩急止痛:腹痛・四肢の痙攣時などに用いる。
方剤例⇒芍薬甘草湯
④清熱解毒:
咽喉の腫脹や疼痛などに用いる。
方剤例⇒甘草湯
⑤調和薬性:
性質の異なる薬物を調和させたり、偏性や毒性を軽減させる。

 

白芍(びゃくしゃく)

芍薬
芍薬

ボタン科のシャクヤクのコルク皮を除去し、
そのままあるいは湯通しして乾燥した根。
性味:苦・酸・微寒
帰経:肝・脾
主な薬効と応用:鎮痛・鎮痙・収斂
①補血斂陰:
血虚による顔色につやがない・
頭のふらつき・めまい・目がかすむ四肢の痺れ
月経不順などの症候に用いる。
方剤例⇒四物湯
②柔肝止痛:肝鬱気滞による
胸脇部の張った痛み・憂鬱感・イライラなどの症候時に用いる。
方剤例⇒四逆散
③平肝斂陰:
肝陰不足・肝陽上亢による
めまい・ふらつきなどの症状に用いる。
方剤例⇒鎮肝熄風湯

 

 

葛根
葛根

葛根(かっこん)

マメ科のクズの周皮を除いた根
性味:甘・辛・凉
帰経:脾・胃
主な薬効と応用:解熱・鎮痙
①解肌退熱:
外感表証の発熱・無汗・頭痛・項背部の強張りなどの症候、
また、悪寒が強い表寒証に用いる。
方剤例⇒葛根湯
②透疹:
麻疹の初期あるいは透発が不十分なときに用いる。
方剤例⇒升麻葛根湯
③生津止渇:
熱病の口渇や消渇などに用いる。
方剤例⇒麦門冬飲子
④昇陽止渇:脾虚の泥状〜水様便時に用いる。
方剤例⇒七味白朮散

 

 

桂枝
桂枝

桂枝(けいし)

クスノキ科のケイの若枝またはその樹皮
性味:辛・温・甘
帰経:肝・心・脾・肺・腎・膀胱
主な薬効と応用:発汗・健胃
①発汗解肌:風寒表証の頭痛・発熱・悪寒・悪風などの症候時に用いる。
方剤例⇒桂枝湯
②温通経脈:風寒湿痺の関節痛時に用いる。
方剤例⇒桂枝附子湯
③通陽化気:脾胃虚寒の腹痛時などに用いる。
方剤例⇒小建中湯
④平衡降逆:心気陰両虚で脈の結代・動悸がみられるときなどに用いる。
方剤例⇒炙甘草湯


【主治】
解肌発汗・舒筋
「太陽病、項背強ばること几几、汗無く悪風するは葛根湯これを主る」
桂枝加葛根湯に、強く散邪する働きのある麻黄を加えたものになる。


参考文献:
『生薬単』 NTS
『腹證奇覧 全』 医道の日本社
『中医臨床のための方剤学』
『中医臨床のための中薬学』 神戸中医学研究会

画像:
『腹証奇覧 正編2巻』
京都大学貴重資料デジタルアーカイブより
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00004913

※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。

本多

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