桂姜棗草黄辛附湯
図の如く心下に毒ありて、其の形、円(まどか)なり。
所謂、盤の如く、辺の旋杯の如きものこれなり。
之を按ずるに、堅くして大承気湯の堅塊に似たり。
然れども、大承気湯の堅塊は其の形長きを以って之と分かつ。
又、図の如く心下堅大なるものに、枳朮湯の證あり。
是、其の外證に依って之を別つべし。此の方の證は、
上衝喘急、或は自汗、或は悪寒、或は身痛むもの是なり。
枳朮湯の證は小便不利なるもの是なり。
余、諸州を遊歴して、衆病人を療するに、間、此の二方の證あり。
これを用うるに、枳朮湯に於ては数々効を得れども此方に於ては効を得ることなし。
依って之を疑うこと久し。曩に吉益修夫に謁して問うて曰く
「克、古医の術を慕い、諸国を周流して陳痾を療するに、
・十に八、九は治を奏せざるものなし。
・其の一、二に於て方證相対すと雖も、如何ともすべからざるものあり。
・之を如何すべきか?」
と。
修夫答えて曰く、
「昔、吾が翁もまた、その事あり、全く大承気湯の證具りて、
・数月これを攻ると雖も、
・稍、微攻あるのみにして塊物解せず。
・翁、依って考うるに、旁ら真武湯の證あり。
・是を以って、真武湯の方内に、附子を倍して、
・之を与え効果を得たり」
と。
又、土州の医、小松久吾なる者の父某が曰く、
「堅塊、血塊、解せざるもの、附子を与え効を得たり」
と。
此等の事ども思い合せて考うるに、桂姜棗草黄辛附湯の方論に云わく、
「心下堅大なること盤の如く、辺旋杯の如し」
と。
東洞翁も云く、
「此れ方證、備わざるなり。
・桂枝去芍薬湯と麻黄附子細辛湯と二方の證の合するものなり。
・其の分量は桂枝・生姜・大棗・各六分、附子三分、麻黄・細辛・甘草各四分、
・水二盞四分を以って似て六分を取る」
と。
これによって之を見れば、
大さ盤の如く辺旋盃の如きものは、是塊物なり。
凡そ、附子の分量多き方剤には、
煎方・水量、他方に比するに、尤も多し。
然るに此の方、附子の分量少くして、水煎の分量尤も多し。
是れ蓋し伝写の誤ならんと、心に疑うこと数年。
後、東都に遊ぶの日、一病人を診るに正に此の證なり。
因って附子を五倍して与うるに盤の如き堅塊、
速に解けたり。此に於て、多年の畜疑一時に解けたり。
後、この證に値う毎に、数々試みて数々功あり。
又、案ずるに、世間に年来難治と称するもの、
或は大承気湯、或は桃核承気湯、或い大黄牡丹皮湯、
或は芎帰膠艾湯、或は、猪苓湯、或は枳朮湯及び此の方の枳類。
其の余何等の證を問わず、
塊物或は急結、或は結実堅満の類、
大黄、芒硝を以って動くものあり。
枳実を以って動くものあり。軽粉・水銀を以って動くものあり。
凡そ、方證相対して数月これを攻むると雖も、
自若として動かざるものは、皆是所謂、沈寒、痼冷、美疢、痾毒なり。
是に於て、若し夫れ然らざるものは、
水銀・軽粉・礬石の類毒を鎔化し下すものに非ずんば、治すべからず。
是に於てか、東洞家の七宝・礬黄、知足斎の瀉心・玉丹。鶴家の滅毒丸。
亀井家の三花神祐丸。村瀬家の雲龍散の類。
其の余、水銀、軽粉等の組入れたる方剤、
其の證を詳らかにして之を用うべし。
然りと雖も、結実堅塊となりたるものは、
皆、多年の旧毒、荏苒して凝結したるものなれば、
年月の功を積まざれば治を奏することあるべからず。
是に於て、病家の其の遅きに疑を起こすときは活術を尽すこと能わず。
能々、教諭(おしえさとす)して後、薬を与うべし。
医を業とする者、此の場を考えて
口実(くちずさみ)とせずんばあるべからず。
【組成】
桂皮(けいひ)
クスノキ科の桂(ケイ)の樹皮。
性味:温・甘・辛
帰経:心・脾・肺・膀胱
主な薬効と応用:発汗・鎮痛・解熱
①温中補陽:
腎陽虚による四肢の冷え・
腰や膝が無力・頻尿・夜間尿などの症状に用いる。
方剤例⇒桂苓丸
②散寒止痛:
虚寒による腹痛・疝痛などに用いる。
方剤例⇒理陰煎
③温通経脈:
皮膚潰瘍・慢性炎症などに用いる。
方剤例⇒陽和湯
甘草(かんぞう)
マメ科のウラル甘草の根。
性味:平・甘
帰経:脾・肺・胃
主な薬効と応用:去痰・鎮咳・抗炎症
①補中益気:
脾胃虚弱で元気がない・
無力感・食欲不振・泥状便などの症候に用いる。
方剤例⇒四君子湯
②潤肺・祛痰止咳:
風寒の咳嗽時に用いる。
方剤例⇒三拗湯
③緩急止痛:
腹痛・四肢の痙攣時などに用いる。
方剤例⇒芍薬甘草湯
④清熱解毒:
咽喉の腫脹や疼痛などに用いる。
方剤例⇒甘草湯
⑤調和薬性:
性質の異なる薬物を調和させたり、偏性や毒性を軽減させる。
生薑(しょうきょう)
ショウガ科のショウガの根茎。
性味:温・辛
帰経:肺・脾・胃
主な薬効と応用:健胃・発汗・鎮咳
①散寒解表:
風寒表証に辛温解表薬の補助として発汗を増強する。
方剤例⇒桂枝湯
②温胃止嘔:
胃寒による嘔吐に、単味であるいは半夏などと使用する。
方剤例⇒小半夏湯
③化痰行水:
風寒による咳嗽・白色で希薄な痰などの症候時に用いる。
方剤例⇒杏蘇散
大棗(たいそう)
クロウメモドキ科の棗(なつめ)の果実。
性味:温・甘
帰経:脾
主な薬効と応用:鎮静・抗アレルギー
①補脾和胃:
脾胃虚弱の倦怠無力・
食欲不振・泥状便などの症状に用いる。
方剤例⇒六君子湯
②養営安神:
営血不足による不眠・不安感などに用いる。
方剤例⇒甘麦大棗湯
③緩和薬性:
薬力が強力な薬物に配合し、性質を緩和し脾胃の損傷を防止する。
方剤例⇒十棗湯
麻黄(まおう)
マオウ科のシナ麻黄の茎。
性味:温・辛・苦
帰経:肺・膀胱
主な薬効と応用:鎮咳・去痰・抗炎症・発汗・解熱
①発汗解表:
外寒風寒による
悪寒・発熱・無汗・頭痛・身体痛・脈が浮緊などの表実証に、
発汗を強める時に用いる。
方剤例⇒麻黄湯
②宣肺平喘・止咳:
外邪による肺気不宣で
呼吸困難や咳嗽が出る時などに用いる。
方剤例⇒麻杏甘石湯
③利水消腫:
表証を伴う水腫などに用いる。
方剤例⇒麻黄附子湯
細辛(さいしん)
ウマノスズクサ科のウスバサイシンの根や根茎。
性味:温・辛
帰経:肺・腎
主な薬効と応用:
鎮咳・去痰・解熱・鎮痛
①散寒解表:
風寒表証の発熱・悪寒・頭痛・身体痛・鼻閉・脈浮などの症候に用いる。
方剤例⇒九味羗活湯
②温肺化飲:
寒飲による咳嗽・呼吸困難・希薄な痰などの症候に用いる。
方剤例⇒小青龍湯
③祛風止痛:
風寒の頭痛に用いる。
方剤例⇒川芎茶調散
附子(ぶし)
キンポウゲ科のハナトリカブトの塊根。
性味:大熱・辛
帰経:肺・心・脾・腎
主な薬効と応用:鎮痛・強心作用・利用
①回陽救逆:
大量の発汗や激しい下痢・激しい嘔吐などによる
亡陽虚脱の時に用いる。
方剤例⇒四逆湯
②補陽益火:
腎陽虚による腰・膝のだるさ・頻尿などの症候が現れた時に用いる。
方剤例⇒八味地黄丸
③温陽利水:
腎陽虚による肢体の浮腫・腰痛や膝痛の時などに用いる。
方剤例⇒真武湯
④散寒止痛:
痺証による関節の痛みや痺れ・冷えなどに用いる。
方剤例⇒甘草附子湯
【主治】
高齢者または、虚弱な人で寒けがある場合の風邪症候群、
気管支炎、関節痛、鼻炎、神経痛などに用いられる。
参考文献:
『生薬単』 NTS
『腹證奇覧 全』 医道の日本社
『中医臨床のための中薬学』 神戸中医学研究会
画像:
『腹証奇覧 正編2巻』
京都大学貴重資料デジタルアーカイブより
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00004913
本多