こんにちは、為沢です。
先日、東京の往診帰りに銀座の有楽町へ行って来たのですが、
そこに岡本太郎氏の「若い時計台」という作品があったので、
ふらりと立ち寄ってきました。
僕より先に来て、ずっと熱心に見ている
男性の後ろ姿が印象的でしたので、スケッチしてみました。
ここからは、張仲景の古医書『傷寒論』の解説です。
今回の傷寒論は弁太陽病脈証并治(中)百二十三章と百二十四章。
百二十三章では、誤って吐下法を用いたあとの変証について。
また、調胃承気湯証と柴胡湯証の違いについて。
百二十四章では、太陽蓄血証の治法について詳しく述べております。
弁太陽病脈証并治(中)百二十三章
太陽病、過經十餘日、心下溫溫欲吐、
而胸中痛、大便反溏、腹微滿、欝欝微煩、
先此時、自極吐下者、與調胃承氣湯、
若不爾者、不可與、但欲嘔、胸中痛、微溏者、
此非柴胡證、以嘔、故知極吐下也。調胃承氣湯。
六十三。用前第三十三方。
和訓: 太陽病、過経十余日、心下温温として吐せんと欲し、
而して胸中痛み、大便反って溏、腹微満し、欝欝として微煩す。
此の時に先だち自ら吐下を極むるものは、調胃承気湯を与う。
若し爾らざるものは、与うべからず。
但だ嘔せんと欲し、胸中痛み、微溏するものは、
此れ柴胡証に非ず、嘔するを以ての故に吐下を極めたりと知るなり。
調胃承気湯。六十三。前の第三十三方を用う。
・太陽病、過經十餘日
太陽病に罹っていたが、表証が去って十日余り経過した。
・心下溫溫欲吐、而胸中痛、大便反溏、腹微滿、欝欝微煩
心窩がムカムカして吐き気を感じて胸中に痛みが生じている。
溫溫は「愠愠」の意で、気の流れが遮られ気分が悪く、
吐こうとしても吐き出せない様子を指す。
邪の一部は胃に下ってくるが、一部は胸に残るので嘔気がする。
完全に胃に下りてきていないので、わずかに腹は張るが便秘はせず、
かえって少し下痢軟便になる。
欝欝とは、気分が滅入って爽快でない様子。
「欝欝微煩」は弁太陽病脈証并治(中)百三章にも出て来たが
胸から心窩部にかけて不快感が強く煩悶する様子のこと。
・先此時、自極吐下者、與調胃承氣湯
「此時」とは陽明に移った時のこと。
「自」とは自ら、「極」とは苦しみの極意。
陽明に移った時には、すでに嘔吐や下痢に苦しんだ様子。
太陽病を誤って吐法や瀉下した結果生じた症状であれば
胃気を損傷→津液を消耗→病邪が胃に移り胃実の証を形成したためなので
調胃承気湯を用いて胃熱を清し、胃気を調和させる。
・若不爾者、不可與
何も処置していないのに、嘔吐や下痢の症状がある場合は
病邪は未だ陽明胃実証を形成していないので調胃承気湯を使用してはいけない。
・但欲嘔、胸中痛、微溏者、此非柴胡證
九十六章の小柴胡湯証に似ているが
「欲嘔」という症状は誤治によって胃気が損傷した結果生じたもので、
少陽病の肝胆の邪熱が
胃気の正常な下降を妨げて生じる「喜嘔」とは異なっているので
小柴胡湯を用いるべきではない。
・以嘔、故知極吐下也
嘔気という症状から、以前にひどい吐下をさせたことが分かる。
小柴胡湯証の心煩喜嘔・胸脇苦満・腹中痛
とよく似ているが小柴胡湯証とは異なる。
鑑別するポイントは「嘔」という症状である。
小柴胡湯証は頻繁に嘔が生じるが、この章では食べることができず
温温とよく吐くという違いがある。
調胃承気湯
こちらを参照→【古医書】傷寒論:弁太陽病脈証并治(中)七十章・七十一章
提要:
誤って吐下法を用いたあとの変証について。
また、調胃承気湯証と柴胡湯証の違いについて。
訳:
太陽病に罹ったが、表証が消失して十日余り経過し、心中に悪心して吐きたがり、
胸中は痛み、大便はかえって稀い水様便で、腹部は軽度に膨満し、気分がめいって不愉快である。
この状態が大吐、大下の処置を受けたあとにおこったものなら、調胃承気湯で治療すればよい。
しかしもしそうでないなら、調胃承気湯を用いてはならない。
もしただ吐きたがる、胸中が痛む、大便が少し稀いというだけなら、これは柴胡湯証でもない。
嘔吐があることから、本証は大吐、大下の結果生じたものだとわかるのだ。
調胃承気湯。第六十三法。前記第三十三法の処方を用いる。
弁太陽病脈証并治(中)百二十四章
太陽病六七日、表證仍火在、脉微而沈、反下結胸、
其人發狂者、以熱在下焦、少腹當鞭滿、小便自利者、下血乃愈。
所以然者、以太陽随経、瘀熱在裏故也。抵當湯主之。方六十四。
水蛭二十四箇、熬 蝱蟲各三十個、去翅足、熬 桃仁二十箇、去皮尖 大黄三両、酒洗
右四味、以水五升、煮取三升、去滓、溫服一升、不下更服。
和訓:
太陽病六七日、表証仍在り、脉微にして沈、反って結胸せず、
其の人狂を発するものは、熱下焦に在るを以て、少腹当に鞭満すべし。
小便自利するものは、血を下せば乃ち愈ゆ。
然る所以のものは、太陽は経に随うを以て瘀熱裏に在るが故なり。抵當湯之を主る。
水蛭熬る 虻虫各三十個、翅足を去る、熬る 桃仁二十箇、皮尖を去る 大黄三両、酒で洗う
右四味、水五升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服し、下らずんば更に服せ。
・太陽病六七日、表證仍火在、脉微而沈、反下結胸
太陽病で6〜7日は、一般的に表邪が裏に伝わる時期であり、
「脉微而沈」は軽く押さえれば微脈が現れ、強く押さえれば実脈が診られるということ。
しかし表証はまだあるのに、脈浮ではなく、
微沈脈であるというのは邪が表より裏へ伝わったということである。
もしこの邪が胸膈に内陥すれば、水と熱が結実して結胸証となってしまうのであるが
いま結胸証がないのは、病が上焦ではないことが分かる。
・其人發狂者、以熱在下焦、少腹當鞭滿、小便自利者、下血乃愈。
発狂、少腹硬満、小便不利という症状から、
下焦に蓄血しているということが分かる。
「発狂・硬満」から、邪熱が極まって瘀血が硬くなり、
瘀熱となって直接上焦の神明に影響を与えたということが分かる。
・所以然者、以太陽随経、瘀熱在裏故也。抵當湯主之
太陽表邪が本経に沿って下焦に入り、少腹の瘀血と互いに集結した結果生じた症状である。
熱邪が内に潜伏して経脈をかき乱し、瘀血が古く硬くなった場合は、抵当湯を用いる。
抵當湯
方義
・水蛭
基原:
ヒルド科のウマビル、チャイロビル、チスイビルなどの全虫体。
水蛭は鹹で入血し苦で泄結し、肝経血分に入って破血逐瘀・消癥し、
瘀血停滞の経閉癥瘕・跌打損傷の瘀血作痛に対する良薬である。
このほか、活水蛭を外用し吸血させると癰腫・丹毒が消退する。
・…
・ ・
・蝱蟲
基原:
アブ科の昆虫。
またはその他同属昆虫の雌の全虫体。
虻虫は苦で泄結し寒で清熱し、肝経血分に入って経路を行らせ血脈を通利し
破血逐瘀・消癥に働く。血瘀による経閉癥瘕・跌打損傷などに用いる。
…
…
・ ・ ・ ・
・桃仁
基原:
バラ科のモモ、ノモモなどの成熟種子。
桃仁は苦甘で平性であり、心肝二経の血分に入り、
苦で泄降導下して破瘀し、甘で気血を暢和して生新し、
破瘀の効能が生新に勝るので、行瘀通経の常用薬である。
それゆえ、瘀血積滞の経閉・痛経・癥瘕、
産後瘀阻の塊痛・悪露不行、
に含有し潤腸通便に働くので、
陰虚津枯の腸燥便秘にも適用するが、
効力が十分ではないので潤燥滋陰薬を配合する必要がある。
このほか、止咳平喘にも働くので気逆喘咳にも用いる。
・大黄
基原:
タテ科のダイオウ属植物、
およびそれらの種間雑種の根茎。
しばしば根も利用される。
大黄は苦寒沈降し気味ともに厚く、
「走きて守らず」で下焦に直達し、胃腸の積滞を蕩滌するので、
陽明腑実の熱結便秘・壮熱神昏に対する要薬であり
攻積導滞し瀉熱通腸するため、
湿熱の瀉痢・裏急後重や
食積の瀉痢・大便不爽にも有効である。
このほか、瀉下泄熱により血分実熱を清し
清熱瀉火・凉血解毒に働くので
血熱吐衄・目赤咽腫・癰腫瘡毒などの上部実熱にも用い、
行瘀破積・活血通経の効能をもつために、
血瘀経閉・産後瘀阻・癥瘕積聚
跌打損傷にも適し、湿熱を大便として
排出し清化湿熱にも働くので、
湿熱内蘊の黄疸・水腫・結胸にも使用する。
外用すると清火消腫解毒の効果がある。
提要:
太陽蓄血証の治法について。
訳:
太陽病に罹って六七日が経ったが、依然として表証があり、
脉は微で沈なので、かえって結胸証は出現せず
患者は狂躁不穏の状態となるのは、下焦に邪熱があるからだ。
この場合、水蓄と瘀血の違いはあるが、少腹は硬く膨満するはずだ。
そして小便が通利している場合には、下血薬を用いれば癒える。
このようなことがおこるのは、太陽病の邪熱が太陽経を伝って下行し、
裏に於て邪熱が瘀滞凝結するからである。抵当湯で治療するとよい。処方を記載。第六十四法。
水蛭二十四匹、焙る 虻虫各三十四匹、羽と足を除く、焙る 桃仁二十個、皮尖を除く 大黄三両、酒で洗う
右の四味を、五升の水で、三升になるまで煮て、滓を除き、一升を温服する。下痢しなければ更に服用する。
参考文献:
『現代語訳 宋本傷寒論』
『中国傷寒論解説』
『傷寒論を読もう』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社
『傷寒論演習』
『傷寒論鍼灸配穴選注』 緑書房
『増補 傷寒論真髄』 績文堂
『中医臨床家のための中薬学』
『中医臨床家のための方剤学』 医歯薬出版株式会社
『東洋医学講座・取穴篇』 自然社
生薬イメージ画像:
『中医臨床家のための中薬学』 医歯薬出版株式会社
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為沢