神通力の類。
神通力というものがある。
あるのかもしれない。
しかし、それは
陸上が得意、ピアノが得意などといったステータスの一部であって、
そういうことを起こすものが
必ずしも高潔な存在とは言えない。
また、生死の螺旋から自由になれるわけでも無い。
周りはもてはやすが、
有頂天にはなってはならないと思った。
森羅万象の想像を遥かに超える現象を前に、
そのような能力は、
”単に運が良い”
の一言で収めてもバチは当たらんだろうかとも思う。
医学においても、
科学においても、ある地点で神かと思わざるを得ない瞬間がある。
(※ここでの神とはいわゆる神様ではなく不可思議な力に対して仮にそう言っています。)
これもやはり運が良いのだろう。
これは確かに かなり謙遜した立場からの表現と思えるかもしれないが、
それに溺れる事によって大いに自らを測り間違える危険性の大きさ、
他への影響を考えても、
やりすぎではないと思う。

そして、
一つ補っておくとすれば、
日々、集中することによって、
より運を引き寄せる事は出来る。
それも僕らの行の一つかなと思う。

2 コメント

  1. 昨日は楽しい時間をありがとうございました。
    僭越ながら、とても共感させて頂きました。
    僕の持論なのですが、実力は運に勝てないと考えています。
    しかし、実力をつけようとせず運に頼ろうとする者に運は味方してくれないと考えます。
    ただ、迷いの無い、曇りの無い眼で夢中になれるなら必ず奇跡は起こる。そう信じています。

    • 昨日、あれだけ少年のように語っていた三上さんが、
      「僭越ながら」とは、少し笑ってしまいましたよ(^^)
      三上さんのお店も奇跡の起こりそうな
      空間となっていました。
      きっと、三上さんが本当に好きで愛情を注いでおられるから
      場がそのように育って、物もみんな納得してその場に置かれているからかと思います。
      このうえなく、楽しい時間をありがとうございました。
      今後とも仲良くして頂ければ嬉しく思います。

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