こんにちは、新川です。

小さい頃、
寒い時期になると
神社で行われている“左義長”にて、
家にある熊手や書き初めなどを燃やしに行っていたことを
ふと思い出しました。
あまり近づき過ぎると火傷しそうな程の熱を感じるので、
やや遠目から放り投げるのを楽しんでおりました。(なんとも罰当たりです)

ちなみに左義長とは、
小正月の1月15日に、
その年に使った門松や、書き初めなどを燃やす行事で、
地域によって名称や手法が違うようですね。

さて今回は、
刺斉論篇についてです。


今回は、刺斉論篇について綴って参ります。
本来ならここにまとめてある以上の内容がありますが、
なるべく分かりやすくするため、
一部を抜粋して表現させて頂いております。


【刺斉論篇 五十一】

本篇では、刺鍼の要点を解説し、
刺鍼の深さが深すぎても浅すぎても、
同じように目標外の部位を傷つけることを説明している。
これは臨床上に欠かせない注意事項である。

【黄帝】©isshindo ,為沢画
【黄帝】©isshindo ,為沢画 

黄帝が問う。
「刺鍼の深浅の部位による別を聞きたい。」

【岐伯】©isshindo ,為沢画
【岐伯】©isshindo ,為沢画

岐伯がいう。
「骨を刺す場合には、筋を傷つけてはなりません。

筋を刺す場合には、肉を傷つけてはなりません。

肉を刺す場合には、脈を傷つけてはなりません。

脈を刺す場合には、皮膚を傷つけてはなりません。
(以上の四句は、深刺すべき場合を指している。)

皮膚を刺す場合には、肉を傷つけてはなりません。

肉を刺す場合には、筋を傷つけてはなりません。

筋を刺す場合には、骨を傷つけてはなりません。
(以上の三句は、浅刺すべき場合を指している。)」

 

【黄帝】©isshindo ,為沢画
【黄帝】©isshindo ,為沢画 

黄帝がいう。
「私にはこの話の意味がよくわからない。もっと詳しく説明してもらいたい。」

【岐伯】©isshindo ,為沢画
【岐伯】©isshindo ,為沢画

岐伯がいう。
「骨を刺す場合に筋を傷つけてはならないとは、
骨を刺すべきときは、鍼がやっと筋の部位に達して、
まだ骨の深さにまで到達していない内は、
刺鍼を停止したり、抜去してはならないということです。

肉を刺す場合に脈を傷つけてはならないとは、
肉を刺すべきときは、鍼がやっと脈にとどいて、
まだ脈の深さにまでは到達していない内は、
停止したり、抜去してはならないということです。

いわゆる皮膚を刺す場合には肉を傷つけてはならないとは、
病は皮膚の中に在るので、鍼は皮膚の中に刺入するべきであって、
決して深く刺し過ぎて肉を傷つけてはならないということです。

肉を刺す場合に筋を傷つけてはならないとは、
病変のある肉の中に刺入すればよいのであって、
深く刺し過ぎて筋を傷つけてはならないということです。

筋を刺す場合に骨を傷つけてはならないとは、
病変のある筋の中に刺入すればよいのであって、
深く刺し過ぎて骨を傷つけてはならないということです。

以上のように、
もし刺鍼の際に深浅の限度と部位を考慮しないで行うと、
期待に反する悪い結果を引き起こすことになります。


黄帝問曰、願聞刺浅深之分。
岐伯対曰、刺骨者無傷筋。刺筋者無傷肉。刺肉者無傷脈。
刺脈者無傷皮。刺皮者無傷肉。刺肉者無傷筋。刺筋者無傷骨。
帝曰、余未知其所謂。願聞其解。
岐伯曰、刺骨無傷筋者、鍼至筋而去、不及骨也。
刺筋無傷肉者、至肉而去、不及筋也。刺肉無傷脈者、至脈而去、不及肉也。刺脈無傷皮者、至皮而去、不及脈也。
所謂刺皮無傷肉者、病在皮中、鍼入皮中、無傷肉也。刺肉無傷筋者、過肉中筋也。刺筋無傷骨者、過筋中骨也。此之謂反也。


参考文献:
『黄帝内経素問 中巻—現代語訳』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版
『臓腑経絡学』 アルテミシア
『素問ハンドブック』 医道の日本社

※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。

新川

2 コメント

  1. 左義長、言葉だけ聞いたことがありました、どんど焼きといっしょですね。
    私の生まれ育った(愛媛・松山)地域ではその風習がなかったのですが引っ越した広島の、子供の小学校で初めて体験しました。
    大きな焚火程度かと思っていたら数メートルの高さがあり、パチパチと音を立てて燃えたり、燃えたものが真黒になって崩れ落ちるさまはかなりの迫力で感動しました。
    どんどにともす火は平和公園の「平和の灯」を分けてもらい、高学年の子供がリレーで学校まで持って来るんですよ。
    オリンピックの聖火ランナーよろしく、最後の子が火を掲げて走って入場すると皆が拍手で出迎えました。
    広島らしくて良いなとじ~んときました。

    大阪に来た時こちらの小学校でもどんどがあると知り楽しみにしていたら「今年から中止」とのお達しがありがっかり。

    今の子供にこそああいう体験をどんどんさせてあげたいと思うのですがやはり住宅が近い、燃やした時の煙などの問題があるようです。

    私が小学生のころ、家はまだ五右衛門風呂(もう末期でしたが)でした。
    お風呂を焚く火をぼーっと見ながらいろんなことを考えたり、コッソリ悪い点数のテストを持って行って燃やしたりしていました。(笑)

    火って人を引きつける不思議な力がありますね。

    • おコメさん

      こんにちは。

      広島のどんど焼きのお話し、
      あたたかいです。
      最近では、環境汚染、周囲の配慮から
      敬遠される傾向にあるようですね。
      う〜ん。

      生活の中で実際に“火”をみることって、
      少なくなりました。
      私自身、
      左義長のような、強烈な熱量を感じることは、
      火に対する思い(当時は怖いという感情が大きかったです)を、
      呼び起こさせてくれるいい機会になったと思います。

      しかし本当に地域によって違うんですね、
      貴重なコメントありがとうございました☆

      新川

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