学生の頃から衝脈の流注図や要穴を見ても釈然とせず、
古典や現代中医学の書籍を参考にこの場を借りて整理していきます。
< 奇経八脈の概要 >
東洋医学で、正経とされる十二経の間を縦横に走る経脈。
督脈、任脈、陽驕脈、陰矯脈、陽維脈、陰維脈、衝脈、帯脈の総称。
十二正経と異なり上下・内外・逆順など陰陽・表裏の規律が明確でない。
臓腑との間に直接の絡属関係を持たず、相互の表裏関係もない。
- 十二経脈の間の関係を強化する。
- 十二経脈の気血を調整する。
肝・腎・女子胞・脳・髄などの奇恒の府と関係する。
衝脈は上って頭に至り、下って足に至り、
全身を貫いて循行する気血の要衝である。
十二経脈の気血を調節する働きがあるために
「十二経脈の海」「血海」とも称され生殖機能や月経に密接に関わる。
衝脈について記された内容を古典から抜粋してみました。
< 衝脈の流注 >
「十二経絡の海」(気血の海)
① 霊枢 五音五味篇
「衝脈、任脈、皆起於胞宮、上循背裏、為経絡之海。
其浮而外者、循腹右上上行、会於咽喉、別而絡口唇。」
「衝脈と任脈はどちらも胞中から起こり、上向して脊柱の裏を循行し、気血の海となる。
その体表を循行するものは、腹部に沿って上行し、咽喉部に交会し、
その分支のひとつは、咽頭部から別れて口唇の周囲を巡る。」
② 霊枢 海論篇
「衝脉者.為十二経絡之海… 」
「衝脈なる者は、十二経の海たり。上は足の太陽経の大杼穴に達し、
下は足の陽明経の上下の巨虚穴に至ります」
「霊枢 海論編」では十二経脈中の栄衛気血は合して四海となり、
集まるところと注ぐところがあると述べている。
② について、張介賓の説
「これは血の海である。
衝脈は胞中に起こり体の前部を行くものは臍を挟んで上行し、胸中に達して散ずる。
体の後部を行くものは、昇って背後を巡り、経絡の海となり、
上行するものはこめかみに出、下行するものは足に出る。」
胸部と腹部の衝脈を十四経発揮では「陰脈の海」と言っている。
背部においては「経絡の海」をなしている。
③ 霊枢 動輸篇
「黄帝曰、足少陰何因而動。
岐伯曰、衝脈者、十二経絡之海也。
与少陰之大絡起于腎下、出于氣街、循陰股内廉、
邪入膕中、循脛骨内廉、並少陰之經、下入内踝之後、入足下。
其別者、邪入踝.出属跗上、入大指之間、注諸絡、以温足脛。此脈之常動者也。」
「足の少陰腎経の脈を拍動させる原因はなにか。」
「衝脈は十二経の海という。
衝脈と足の少陰腎経の絡脈はともに腎下より起こり、
足の陽明胃経の気街に出て大腿内側を沿って、
下に向い斜行して膕中(膝の裏の窪み)に入り、
再び脛骨の内側に沿って、足の少陰腎経と合流して、
下行して足の内顆の後面(太渓)に入り、足下に入る。
その支脈は斜めに内踝に入り、出て足背の上に入り、
大指(小指)の間に進入し、再び諸々の絡脈の中に進入して、
脛部と足部とを温め栄養する。
これが足の少陰腎経脈が常に拍動して休まない理由だ。」
「五臓六腑の海」
霊枢 逆順痩肥篇
「夫衝脉者.五蔵六府之海也.五蔵六府皆稟焉…」
「衝脈は、五臓六腑の気血が集まるところであり、
五臓六腑はいずれも衝脈の気血の涵養を享受している。
上行する部分は、咽の後壁上の後鼻道から出て、陽経に滲みこみ、精気を注ぐ。
下行する部分は、足の少陰経の大絡に注ぎ、気街より出て巡り、
大腿内側に沿って下り、膝裏の窪みに入り、脛骨内を潜行して、
内顆の後の跟骨の上縁に至って別行する。
別に下行する一支は、足の少陰経と併行して巡り、三陰経に滲み込む。
前面を巡る一支は、内顆の後の深部から、跟骨の結節の上縁に出て、
下って足の甲に沿って足の大趾の中に入り込み、
その部の諸経絡に滲み込んで、肉を温め栄養する。
それ故、その脈の別絡が瘀血し停滞すると、足の甲の脈が拍動せず、
経気の停滞を招いて脛や足が冷えるのです。」
「霊枢 逆順痩肥篇」では衝脈が上下前後に巡行している概要を述べている。
類経 第九・経絡類(張介賓)
「且其上頭目、下自足、後自背、前自腹、
内自渓谷、外自肌肉、陰陽表裏無所不渉」
「上は頭から、下は足先まで、後ろは背中、前は腹、中は筋肉の隙間から、
外は筋肉の表面まで、陰陽表裏も関わらない場所がない。」
針経(甲乙経・銅人)
衝脈・督脈と同じく会陰に起こり、その腹に在るや
幽門、通谷、陰谷、石関、商曲、肓兪、中注、四満、気穴、大赫、横骨、
凡て二十八を行く。皆足の少陰の分なり。
然るときは衝脈は足の少陰の経に並ぶこと明けし。
中医基礎理論
任脈・督脈と共に小腹の胞中に起こり、下行して会陰に出た後、陰器を過ぎ、
気街(気衝)に出て、腎経の横骨に至り、*足少陰腎経と共に臍を挟んで上行し、
胸中に散布し、喉を循り、任脈と合流して口唇に絡する。
分枝:足の少陰腎経の大絡とともに腎から起こり、下行して気街(気衝)に至る。
そこから体表に出て、大腿の内側に沿って進んで膝窩に入り、
脛骨内縁に沿って加工して足底に至る。
内顆の後方から更に分枝が出て、足背を斜めに進んで足の第一趾に入る。
分枝:胞中から分かれ出て、後方へ進んで督脈と相通じ、脊柱を上行する。
*「足少陰腎経と共に臍を挟んで上行し」
難経(二十八)では「足の陽明胃経の経に並ぶ」と記されています。
中国の衝脈では下肢の流注について触れるところがなく、
図解は文意を全て表現しているものではないようです。
古典に記載される衝脈の全貌は複雑とても複雑です。
『「衝」は通なり、十二経に通ずる意』
と十四経発揮の中にも記されています。
「十二経絡の海」(気血の海)、「五臓六腑の海」と表現され、
「霊枢 逆順痩肥篇」や分枝を見てわかるように、
衝脈は上下前後隈なく流れていることということでしょうか。
また、興味深いのは、
『素問 上古天真論』に記された「太衝脈盛」、「太衝脈衰少」
の中の「太衝脈」は「衝脈」を指している
というような文献も見られます。
先述の『霊枢 動輸編』に「入大指之間、注諸絡」
とあるが、衝脈の支別が太衝穴の位置と重なってくるようです。
《参考文献》
『臨床経穴学』 P.221 李世珍 著
『図解・十四経発揮』 本間 祥白 著
『現代語訳・黄帝内経素問』 東洋学術出版
『現代語訳・黄帝内経霊枢』 東洋学術出版
『中医基礎理論』 東洋学術出版
『経穴解説』 藤本蓮風 著
『臨床経絡経穴図解』 山下 詢 著
『ほくと』 3号 針灸穴名解シリーズ・2 浜田浩二