<当院でのコロナウイルス対策のご案内>
当院でのコロナウイルスに対する工夫と処置の

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以前、得気に関しての記事を書きました。
こちら ⇢ 身体を何かが巡る感覚
そこで患者さんが施療中に得気を感じる、感じないが
施療としてあってるかどうかなんて
僕自身は関係ないと思うと記しました。

理由はよくわかりませんが、
日本の鍼灸師は
患者が感じる得気(鍼の響きとも言いますね)というものを
深く刺入する、浅く刺入する関係なく
非常に重要視する傾向にあるようです。

では
古典では得気をどのようにとらえているのか。
やはり多くは術者が感じるものであり、
それが
・押手に感じるもの:代表古典籍『霊枢』『難経』『類経』
・刺手に感じるもの:代表古典籍『医学入門』『杉山流鍼術』
となっています。

いつの時代から、
”患者が”という考え方になったのかは不明ですが、
あまり患者の得気にこだわると
刺激量の強弱を考慮しなかったり、
経絡を通すだけの施療になってしまうのでは思います。
考えものですね。

2 コメント

  1. 私は、患者として「響き」はないほうがいいです。なぜか響きは治療効果を保証する素晴らしい兆候であると捉えれている傾向にあります。
    しかしながら、「響き」が起こるかどうか、強弱を治療家が制御できてないように感じます。

    • ジニーさん
      ご意見ありがとうございます。
      専門学校でも、ズーンという”響き”とされるモノを、
      鍼が効いていると教えるので、
      鍼灸師はその言葉から抜け出せないのでしょう。

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