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下野です。
以前、経穴に関する記事を書き、
こちら ⇢ 勝手に追記、経穴について。
今回は随分と久しぶりとなりましたが、その続きです。
前回は鍼灸施療の際に使用する経穴(俗に言うツボ)の数と
元々は”経穴”ではなく”孔穴”と記していたと書きました。
“孔穴”という呼び方にはちょっとした訳がありそうなので、
今回はそちらを少しご紹介します。

経穴(としておきます)の専門書の始まりは
今は失われた『明堂経』とされており、
この書籍の特徴は
現代の経穴書とは異なり
手足は経脈別に、胴体や頭部なんかは部位別に記されている点です。
つまり全ての穴が経脈上に配当、所属していないので
”孔穴”と記しているのでしょう。
『千金方』や『千金翼方』『甲乙経』『蝦蟇経』といった
書物はこの流れをくんでおり、
この理由としては、
『素問』『霊枢』より古い馬王堆漢墓より出土した
『十一脈灸経』というものが大きく関連していると考えられます。
またこちらに関しては、いずれ書きましょう。

それから時代は経ち
孔穴を徐々に経脈上に配当していき、
元代になると『十四経発揮』という書物が登場します。
こちらの登場で全経脈上に孔穴が配当、所属されるようになり、
現代にまで続く経穴、経穴学というのが誕生します。

こうなってくると、
経穴数は現在の数よりも多いのではや
反対に少ないのでは?
あとは単純に
手足以外は臓腑と直結しないのでは?
なんていう議論も起こってくるでしょう。
これは今後も答えは出ないと個人的には思います。

アイキャッチ画像は『黄帝蝦蟇経』(京都大学附属図書館所蔵)image 16 of 42部分

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