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こんにちは、大原です。前回の続きです。
前回:鍼灸甲乙経 序文その1
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<原文と読み>
伊尹以亞聖之才、撰用『神農本草』、以為『湯液』。
(伊尹、亜聖之才を以て、『神農本草』を撰用し、以て『湯液』と為す。)
中古名医有兪跗、医緩、扁鵲、秦有医和、漢有倉公。
(中古には、兪跗、医緩、扁鵲の名医が有り、秦には医和有り、漢には倉公有り。)
其論皆経理識本、非徒診病而已。
(その論、皆本に識りて経理し、徒病を診ることあらずのみ。)
漢有華佗、張仲景、
(漢に華佗、張仲景有り、)
華佗奇方異治、施世者多、亦不能尽記其本末。
(華佗、方奇しく治異なり、世に施す者多く、またその本末を記し尽くすことあたわず。)
若知直祭酒劉季琰、病發於畏惡,治之而瘥。
(直に知るのごときは、祭酒の劉季琰、病、畏悪に発し、これを治して瘥える。)
云後九年、季琰病応發、發当有感、仍本於畏惡、病動必死。終如其言。
(後9年、季琰の病発すること応じ、発するはまさに感あらんとす、
すわなち畏悪に本づき、病動けば必ず死すと云う。その言の如く終わる。)
<ここまでの語訳>
伊尹は聖人に次ぐ才能(知恵)によって
『神農本草経』の理論を選び用い、
『湯液経』を書き著しました。
中古の時代の名医には腧跗、医緩、扁鵲がいて、
秦には医和が、漢には倉公がいました。
彼らの医学の理論は
みなその本質から不変の道理を導き出され、
決して病だけを診るような治療ではありませんでした。
漢の時代には、華佗と張仲景という名医がいます。
華佗の治方は二つとないもので、
他の医者とは異なる治し方でしたが
そのやり方の詳細については、しっかりとは記録されてませんでした。
詳細を直に知ることができるのは、
劉季琰という人が恐怖の感情による病を発し、
華佗はその病を治しました。
そして言いました。
「九年後、劉季琰のこの恐怖による病はまた生じるが、
発作の前に予感があり、
恐怖の感情によって病が動けば(発作が起これば)必ず死ぬ」と。
その後、劉季琰はその予言の通り亡くなりました。
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伊尹(いい)という中古の時代の
名医のエピソードが記されています。
9年後に発作が起こったら亡くなると
なぜ予言することができたのか不明ですが、
精神的なものが命に関わるような病の原因になり得るということ、
それが大昔の時代に、診断の考え方にあったということが窺えます。
現在の東洋医学、いわゆる中医学においても
「七情」という病の原因の概念がありますが、
これは、中古の時代やその昔から
言い伝えられてきたものを
現代チックにまとめたようなものなのかもと感じました。
次回に続きます。
参考文献・辞書
『完訳 鍼灸甲乙経 上巻』 三和書籍
『針灸甲乙経』 人民衛生出版社
電子辞書 CASIO EX-word xd-N7300
ご興味がございましたら、ぜひ参考文献もご一読ください。