こんにちは、大原です。
前回の続きです。
(前回の記事:鍼灸甲乙経を読む その51)
<原文>
男子色在面王、爲小腹痛、下爲卵痛、
其圜直爲莖痛、高爲本、下爲首、狐疝、潰、陰之屬也。
女子色在面王、爲膀胱子處病。
散爲痛、搏爲聚、
方圓左右、各如其色形、
其隨而下至胝爲淫、有潤如膏状、爲暴食不潔。
左爲右、右爲左。
其色有邪、聚空満而不端面色所指者也、
色者、青黒赤白黄、皆端滿。
有別郷者、
別郷赤者、其色亦亦大如楡莢、在面王、爲不月。
其色上鋭、首空上向、下鋭下向。在左右如法。
以五色命藏、
青爲肝、赤爲心、白爲肺、黄爲脾、黒爲腎。
肝合筋、心合脉、肺合皮、脾合肉、腎合骨也。
<読み>
男子の色、面王に在るは、小腹の痛みと為す、
下は卵痛と為し
その圜直(まるくてまっすぐ)なるを莖痛と為す、
高きを本と為し、下きを首と為す、
狐疝、潰、陰の属なり。
女子の色面王にあるは、膀胱子處(子宮)の病と為す、
散ずるを痛となし、搏まるを聚となす。
方員左右は、おのおの其の色形のごとし。
其の隨いて下り胝に至るを淫となす、
潤あること膏状の如きは、暴食不潔と為すなり。
左は右となし、右は左となす。
其の色に邪の聚りあるは、空満にして端しからず、
面色指す所の者なり。
色なる者、青・黒・赤・白・黄、
皆、端満(たんまん:端正で充実している)にして
別郷(べっきょう:すぐそばにある部分)有り。
別郷赤き者、其の色く亦赤く、大きさ楡莢のごとく、
面王(めんおう:鼻柱の端)にあるは、
月ならずと為す(病状が月ならずして変化している)なり。
其の色の上鋭なるは、首空上に向かい、
下鋭なるは下に向かう。
左右にあるも法のごとし。
五色をもって蔵に命ず、
青は肝となし、赤は心となし、白は肺となし、黄は脾となし、黒は腎となす。
肝は筋を合し、心は脉を合し、肺は皮を合し、脾は肉を合し、腎は骨を合すなり。
<解釈>
この内容の中で、
「左は右となし、右は左となす。」
とは、
「其の色に邪のあつまりあるは、空満にしてただしからず、
面色指す所の者なり。」
すなわち、
「色が左なら病は右に、
色が右なら病は左である。
その色に邪気がある場合、
空(空虚な状態)または満(集まっている状態)で
端正な状態ではなく、
面色の色が病の所在を指している」
という意味になります。
つまり、例えば、
顔の右の頬骨あたりに
何かしら変な色が現れている場合、
頬骨あたりは小腸を現すことになりますので
左の小腸に病が潜んでいるということでしょう。
(参考記事→ 鍼灸甲乙経を読む その50)
ですが、『霊枢』五色篇においては
「左は左となし、右は右となす。」
と書かれています。
つまり、『甲乙経』とは違って、
『霊枢』では、
顔の左側に現れている病的な色は
そのまま身体の左側の変調を現している
ということになります。
なぜこのように
違いが生じているのでしょう?
いろいろ解説を引っ張ってみてますが
分かりません・・・。
続きます。
参考文献
『黄帝内経霊枢』 東洋学術出版社
『鍼灸医学大系 黄帝内経素問』
『鍼灸医学大系 黄帝内経霊枢』雄渾社
『完訳 鍼灸甲乙経(上巻)』三和書籍
『基礎中医学』 燎原
※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。
大原