こんにちは、為沢です。
では、『格致餘論』の続きを紹介して参ります。
格致餘論:豆瘡陳氏方論 其之二
或曰:子以陳氏方為不足歟?
曰:陳氏方誠一偏論,雖然亦可謂善求病情者,
其意大率歸重於太陰一經。
蓋以手太陰屬肺,主皮毛也;足太陰屬脾,主肌肉。
肺金惡寒而易於感,脾胃土惡濕而無物不受,
觀其用丁香、官桂,所以治肺之寒也;
用附、術、半夏,所以治脾之濕也。
使其肺果有寒,脾果有濕而兼有虛也。
量而與之,中病即止,何傷之有?
今也不然,徒見其瘡之出遲者,
身熱者,洩瀉者,驚悸者,氣急者,渴思飲者。
不問寒熱虛實,率投木香散、異功散,間有偶中,隨手獲效。
設或誤投,禍不旋蹱。何者?
古人用藥制方,有向導,有監制,有反佐,有因用。
『格致餘論注釈』訳を使用:
ある人が尋ねて「あなたは陳文中の処方では不十分であると言えるのですか」と言った。
私は「陳文中の処方は一方に片寄った論である。
病気の実情をよくとらえていると言えるものの、
その意図するところはおおむね太陰経だけを重んじているのである。
それは手太陰肺経が肺に属し皮膚や体毛をつかさどっており、
足太陰脾経は脾に属し肌や肌肉をつかさどており、
肺の金は寒を憎むのだが感じやすく、
脾胃の土は湿を憎むのだが(湿を含めて)あらゆる物を受け入れるからであろう。
(陳文中が)丁香と官桂を用いているのをみると、
それは肺の寒を治療するためである。
附子や白朮や半夏を用いているのは、脾の湿を治療するためである。
もし肺に寒があり、脾に湿があり、さらに虚をかねているのであれば、
(症状を)見定めてこれらの薬物を与え、
病に効果があったところで投薬をやめれば、何も傷つくことはない。
ところが現在はそのようにしておらず、
病瘡の出るのが遅い者、身体に熱を持っている者、下痢をしている者、
動悸の激しい者、息が苦しい者、のどの渇きがある者などを見るだけで、
その患者の寒熱や虚実は問わず、おおむね木香散や異功散を投薬する。
その中にたまたま的中するものがあれば、たちまち効果があるが、
もし投薬を過てば、災いはたちまちやってくる。
なぜかといえば、古人の薬剤の製法には
「嚮導」「監制」「反佐」「因用」というものがあったからである。
参考文献:
『格致餘論注釈』 医聖社
昔、東三国に住んでまして、
その頃よく華酒舞乱家さんのドライカレーを食べてたのですが、
先日急に食べたくなり、数年ぶりに訪れました。
ドライカレーですが写真のようにルーもかかって濃厚な味を楽しめます。
ごちそうさまでした!
為沢