<近日開催予定のイベント>
12月6日(水) :告知!第6回、鍼灸学生の為の勉強会
下野です。
「大医精誠第二」の続きになります。
※前回まではの記事はこちら。
【古医書】『備急千金要方』「大医精誠第二」:第一
【古医書】『備急千金要方』「大医精誠第二」:第二
【古医書】『備急千金要方』「大医精誠第二」:第三
【古医書】『備急千金要方』「大医精誠第二」:第四
【古医書】『備急千金要方』「大医精誠第二」:第五
【古医書】『備急千金要方』「大医精誠第二」:第六
【原文】
又到病家、纵绮罗満目、
勿左右顾眄、丝竹凑耳、
无得似有所娱、珍羞迭荐、
食如无味、醹醁兼陈、看有若无。
所以尔者、夫一人向隅、
满堂不乐、而况病人苦楚、
不离斯须、而医者安然欢娱、
傲然自得、兹乃人神之所共耻、
至人之所不为、斯盖医之本意也。
<第八回に続く>
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【書き下し文】
又病家に到れば、縦い綺羅目に満つるとも
左右顧眄するなく、絲竹耳に奏るとも
娯しむところあるに似得ることなく、珍羞逓薦むとも、
食味無きが如くし、濡禄兼陳すとも失う所あるが如くす。
しかも所以は、それ一人隅に向かえば
満堂楽しからず、況や病者の苦楚
斯須も離れざるに、しかも医者安然とす。
これすなわち人神の共に恥ずる所以にして、
至人のなさざるところなり。斯れ蓋し医之本意なり。
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では現代語にしてみます。
「また病人の家に至ったとき、
たとえ美しく飾られていても左右を見ることなく、
音楽が聞こえていても楽しい様子を
表に出してはいけないし、
珍味を薦められても味が無いようにし、
酒が並んでも無いようにすべきである。
一人が哀しんでいれば、皆も楽しくない
という言葉があるが、
ましてや病人は少しの時間も苦しみから逃れられずに
いるのにも関わらず、
医家が楽しみ、傲然としてうぬぼれるのは
人神共に恥じるところで、
道を修めた人がする態度ではない。
これが医の本意であると思う。」
というところでしょうか。
患者の自宅に治療に伺った際の
治療家の振る舞いについて
書かれています。
三宮の中心街から10分ほど離れれば、
非常に静かな場所がいくつもあります。
<参考文献>
『備急千金要方』 中国医薬科技出版社
『中国医学の歴史』 東洋学術出版社
『まんが中国医学の歴史』 医道の日本社
※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。
下野