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枠線くぎって ルールを設定して
可能な限り無駄無く敷き詰めて
社会と言うブロックを形成し数十年
それはまるで祭りのようで。
祭りが収束し ただよう虚無感。
線で形成され隙間のなくなった場に
人は居心地の悪さを実感しはじめているように映る。
ところどころで何かがぐつぐつと動きだし
隙間を作ろうという力が働き出している。
作用があれば反作用があるが、
反作用であったハードな力が今、他に対する拘束力を失いつつあり
時代のうごめきを押さえつける事は出来ない。
価値は大きくかわりつつある。
無駄を嫌った人々が
こんどはゆとりを求め始めている。
そこにあった風や香りを。
人は線で描く事は出来ないと気付いた。
さあ、僕はその流れを楽しみたい。
林
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追記、
twitterやFacebookも僕は個をつらぬくことで
失われた何かを見つけ出そうとする人々の行動に思えてならない。
また長屋の時代に戻りたがるのかもしれないのではないだろうか。