こんにちは、大原です。
今回は鍼不抜抜事(鍼の抜けざるを抜くこと)です。

前回までの記事
鍼道秘訣集を読む その15 六.火曳之針
鍼道秘訣集を読む その16 七.勝纍之針
鍼道秘訣集を読む その17 八.負曳之針
鍼道秘訣集を読む その18 九.相曳之針
鍼道秘訣集を読む その19 十.止針
鍼道秘訣集を読む その20 十一.胃快ノ針
鍼道秘訣集を読む その21 十二.散針

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十三.鍼不抜抜事

是針ノ不抜ト云事  ソ初心ノ間ニ  リコノ故ニ
立替タテカヘノ針トテ二三本モ用意スル物也大
方左ノ手ノ押手ヲシテワサ也初心ナル内ハ押手ヲ
剛押ツヨクヲセニク針ヲマク無押
ナシヲシ
ヨワケレバニク針ヲマク

ニ依テヌケ其時針立ノ心動轉トウテンシ色ヲ失ヒ
多クハ  ノ針不ヌクヲマケル物也左様ノ  ルヌケ

針ヲヌクニハ前ノ針ニカマワ  ノ針ノ四方ニ針ヲ
立ルカ扨ハ立テ  ル針ヲ手ニ持テ病人ノ足ノ
ウラカカスベシ足ノ裏ヲカケカク處ニ病人ノ氣ウツル
其時針ヲ捏抜ヒネリヌキニ可抜抜ザル針ノ處ヘ病者ノ
心移リイルガユヘニヌケズ仍テ足ノ裏ヲカク時ハ
病者氣轉ジテ爴處ヘウツルニ依テ針ヌケルナリ
ソウジテ針ヲ捏抜ヒネリヌキニスレバ加様ノ難無還深針ナシマタフカハリ
レハシルシ有トテ邪氣ヲスキ針スレバ加様ニ針ノルヌケ

ヌ事モ  リ又ハ藏腑ザウフヤフルガユヘニ病者ニ草臥
来ル物也其邪氣カルケレバ針モカルク重ケレバ針
モ亦重ク邪氣程ニ針スレバ病人草臥ルル事
モ無針ノヌケヌ事モナシ難經ニ四季ニ依テ針ノ
深浅ノカワリアレドモ當流ニ  ヒザルハイカニ  フニ春
夏ハ氣血上ニウカブ故針モアサシト難經ニシルセトモ病
  キアサク針シテハ少モ効無還シルシナシマタ秋冬ハ氣血下ニ
シツムニ依テ針ヲ深指フカクサスノ由ヲ書スシカリトイヘドモ

カルケレバ針モ又アサクス病ノ軽キニフカ針スレバ
邪氣ヲ越テナキトカ藏腑ニアタル時ハ返テ藏
腑ヲソンズルユヘニ邪氣程ニ針スル事當流ノオキテ
也扨邪氣ニ針ノアタ  ルアタラシル撃槌ウツツチノノ調子
ニテシルル也是段能能合點アラバ針ノザルヌケ
難モナク病モ安ク  キイユ


現代の読み方にしてみます。

是の針の抜けざると云う事、凡そ初心の間にこれ有り。
是の故に立て替えの針とて、二、三本も用意する物なり。
大方左の手の押手の業(わざ)なり。
初心なる内は、押手を剛(つよ)く押せば、肉針を巻く事無し。
押手弱ければ肉針を巻くに依って抜けず。
其の時の針立の心、動転(どうてん)し、色を失ない、
多くは其の針抜くことを得ず、負る物なり。

左様の抜けざる針を抜くには前の針に構わず、其の針の四方に針を立てるか、
あるいは立て有る針を手に持って病人の足の裏を爴(か)かすべし。

足の裏をかけば、かく所に病人の氣移る。
その時針を捏(ひね)り抜きに抜くべし。

抜けざる針の所へ病者の心移り居るがゆへにぬけず。
よって足の裏をかく時は、病者氣転じてかく所へうつるに依って針抜けるなり。
総じて針をひねり抜きにすれば加様の難無し。

還(また)深針すれば験(しるし)有りとて、
邪氣を過ぎ針すれば、加様に針の抜けぬ事も有り。
又は藏腑を破るがゆへに病者に草臥(くたびれ)来る物なり。
その邪氣軽ければ針も軽く、重ければ針もまた重く、
邪氣程に針すれば病人草臥(くたび)るる事も無く、針の抜けぬ事も無し。

難経に、四季に依って針の深浅の変わりあれども、
当流に用ひざるは何(いかに)と云ふに、
春夏は氣血上に浮ぶ故に、針も浅しと難経に記せども、病重きに浅く針しては少も効(しるし)無し。
還(また)、秋冬は氣血下に沈むに依って針を深く指すの由を書すしかりといへども、
病軽ければ針も又浅くす。
病の軽きに深針すれば、邪氣を越えて害(とが)無き藏腑にあたる時は
返って藏腑を損ずるゆへに、邪氣程に針すること当流の掟なり。

すなわち邪氣に針の中(あた)る、中(あたら)ざるを知るは、
撃ち槌の調子にてしるるなり。
この段、能能(よくよく)合点あらば、
針の抜けざる難も無く、病も安く痊ゆべきなり。


語句の意味などを補足しながら訳してみましょう。

治療時に鍼が抜けないことが起こるのは、
大体初心者に起こることである。
立て替えの鍼として2、3本も用意するものである。
鍼を抜くのは左手の押し手の技術であって、
初心者の内は、押し手を強くすれば鍼が肌肉に食い込むことは無いが、
押し手が弱いと鍼が肌肉に食い込んで抜けなくなる。
また、そのような時は、
心が動転してしまっているので見えるものも見えなくなり、
大方鍼は抜くことができなくなるのである。

このようなときに鍼を抜くには、
前に打った鍼に構わず、抜けない鍼の四方に鍼を立てるか
立てる鍼を手にして患者さんの足裏を掻くと良い。
足裏を掻くと、その掻く所に患者さんの気が移るために
鍼が抜けるようになるのである。
鍼が抜けないのは、鍼に患者さんの気持ちがあるためなので、
足裏に気持ちが移ることで鍼が抜けるようになるということである。

難経に、季節によって鍼の深さを変えよという内容がある。
しかし当流はこの考え方は採用していないが、その理由を述べる。
春夏は気血が上に浮かぶ傾向にあるので鍼は浅めにせよと難経にあるが、
病が深い場合に鍼を浅くすると効果が無い。
また、秋冬は気血が沈む傾向にあるので鍼は深めにせよと難経にあるが、
病が浅い場合には鍼も浅くするべきである。
それは、病が浅いのに深く鍼をしてしまうと
邪気を越えて害のない臓腑にまで影響が及んでしまい、
かえって臓腑を損なってしまうためである。
なので、当流では邪気の程度に応じて鍼の深さを決めると考える。

鍼が邪気にあたっているかどうかは
撃ち槌を用いるときのような感覚によって知るのである。
この段の内容が腑に落ちるようになれば
鍼が抜けないこともなく、
また、病もよく治すことができるようになる。


参考までに、鍼が抜けない場合の手法として、
専門学校の授業で習うのは
・副刺激術(周囲の皮膚を指などで軽く叩く)
・迎え鍼(周囲に鍼を刺入して筋などの組織を緩ませる)
といったものでしたが、
抜鍼困難な鍼に集中している意識を
他の場所にそらすというのも
有効かも知れませんね!


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鍼道秘訣集を読む その5
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鍼道秘訣集を読む その21 → 十二.散針


参考文献:
『鍼道秘訣集』(京都大学附属図書館所蔵)より
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00003559
(掲載画像は該当部分を抜粋)
『弁釈鍼道秘訣集』 緑書房

※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。

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